3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

五輪の仮説

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2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が決定した。決選投票で60票を獲得して過半数の票を得た東京が36票のイスタンブールを破り、1964年(昭和39年)の東京オリンピック以来56年ぶりの夏季オリンピック開催地に選ばれ、同一都市での2度目の開催はアジアでは初となった。

2020年の五輪開催を引き寄せた東京招致団 ※都内で行われた招致出陣式
東京五輪誘致団

正式名称:第32回オリンピック競技大会(The Games of the XXXII Olympiad)は、全28競技を2020年7月24日(金)~8月9日(日)で開催され、正式名称:第16回パラリンピック競技大会(Tokyo 2020 Paralympic Games)は、全22競技を2020年8月25日(火)~9月6日(日)で開催される。

56年ぶりの東京オリンピック開催決定の瞬間 ※アルゼンチン・ブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会(IOC)総会にて
東京五輪決定の瞬間

個人的には、近年のオリンピックを夜中まで起きてテレビ観戦して寝不足に陥る程、入れ込むことは無いのだが、個性的な建造物、中でも取分け巨大なスタジアムには元々興味がある為、オリンピックの大会ごとのメインスタジアムの建設コンペにもWEB上で注目していたこともあった。

北京オリンピック(2008年)メインスタジアム(左) / ロンドンオリンピック(2012年)メインスタジアム(右)
Beijing London Olympic Stadium

1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックは、私がこの世に誕生して、一年半後に開催された大会だけに覚えている訳が無く、後々にテレビ放映で観た市川昆監督の『東京オリンピック』(1965年東宝作品)などの映像の印象しか無いが、自分自身が生活経験のある東京で繰り広げられるオリンピック大会そのものと開催までの都市の変化やスタジアム建設の経緯などに注目しながら、間違いなく最も身近に感じられるオリンピックが、最も印象的なオリンピックになることを期待して已まない。

『東京オリンピック』(1965年東宝作品)ポスター
『東京オリンピック』(1965年東宝作品)

2020年夏季オリンピックが東京開催となったことは、経済再生を掲げる安倍政権にとって願ってもない「追い風」になると云われる。五輪関連施設、高速道路などのインフラ整備や、観光立国の実現、フルハイビジョンの約4倍の画素数規格「4K」や約16倍の画素数規格「8K」の普及加速など、さまざまな経済効果が見込まれると仮説されているが、1964年(昭和39年)の東京オリンピックやその後の幻となったオリンピック構想を振り返りながら、その“仮説”を思い巡らせてみることにする。2020年の東京オリンピック競技大会までにこのブログが継続しているか否かは全く自信もなく保証もできないが、自国開催を巡る変化や開催後も語り継がれる事象を目の当たりにし、後年にこの仮説を読み返してみると面白いかも知れないと考えたのである。

1964年(昭和39年)東京オリンピック
東京オリンピック

まず前回の東京オリンピックから振り返るが、実は第二次世界大戦前に幻となった東京オリンピック大会の存在を知り驚愕した。1936年(昭和11年)当時の「五大国」の1つに数えられた日本の首都の東京(当時は東京市)での1940年(昭和15年)大会開催が、国際オリンピック委員会(IOC)で決定し、それ以降には開催の準備が進められていたものの、1937年(昭和11年)7月の盧溝橋事件勃発以降、日本に対する国際的な批判の高まりを背景として、東京でのオリンピック開催に反対する動きが各国で強まり、日本政府は1938年(昭和13年)7月に東京大会開催返上を決定した。1940年(昭和15年)大会の代替地として、オリンピックの招致合戦で東京の次点であったフィンランドの首都であるヘルシンキが予定されたが、第二次世界大戦の勃発によりこちらも中止となった。

1940年(昭和15年)幻の東京オリンピックのポスター(左) / 東京オリンピック開催を祝う人々(右)
Tokyo1940.jpg  幻の東京オリンピック

同じ段階で、皇紀2600年(神武天皇が即位を元年とする紀年法で、西暦1940年に当たる)記念祝典行事として、東京で万国博覧会を開催することを既に決定していたのだが、同様の理由で開催の延期を決定している。この計画は”中止”ではなく”延期”とされていたので、30年後の大阪万博はこれと同じ『日本万国博覧会』という正式名称がつけられた。

皇紀2600年(1940年) 東京国際万国博覧会の月島に計画された会場模型
東京国際万国博覧会 会場模型 

翌年の1941年(昭和16年)真珠湾攻撃により太平洋戦争に突入する日本は、開戦前年にオリンピック大会と万国博覧会を開催を決定していたことにあらためて驚かされ、その後の日本の行く末を鑑みれば、景気が良く勢いを増していく世相と戦争へ突き進んでいく世相との紙一重の恐ろしさを思い知らされる。

東京国際万国博覧会の月島会場完成予想図
東京万博会場完成予想図

1940年大会の開催権を返上した東京は1960年(昭和35年)のオリンピックに立候補したが、開催地投票でローマに敗れた。次に1964年(昭和39年)の大会に立候補し、1959年(昭和34年)5月26日に西ドイツのミュンヘンにて開催されたIOC総会において欧米の3都市を破り開催地に選出された。アジア地域初であると同時に有色人種国家における史上初のオリンピックとなった。

1964年(昭和39年)東京オリンピックのポスター
Tokyo 1964 poster

歴史的には、第二次世界大戦で敗戦し急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味を持った。又、1940年代~1960年代にヨーロッパ諸国やアメリカによる植民地支配を破っていたアジアやアフリカ諸国が次々と独立を成し遂げ、それらの国の初出場が相次ぎ、過去最高の参加国数(93ヶ国)となった。オリンピック大会期間中にソ連書記長のフルシチョフが解任され、中国が初の核実験を行い、アメリカ、ソ連、イギリス、フランスに続く5番目の核保有国となるなど、激動の大会となった。

1964年(昭和39年)10月10日 東京オリンピック開会式
Tokyo1964.jpg

1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックは、戦後日本の復興を象徴する歴史的大事業であった。東京オリンピック開催が日本にもたらした影響としては、東京オリンピック開催を契機に競技施設や日本国内の交通網の整備に多額の建設投資が行なわれ、日本経済に「オリンピック景気」と云われる怒涛の勢いの経済成長をもたらしたのである。東京オリンピック開催までの集中的な開発内容の多くは、都市機能とし現在も利用されているものも多く、云わばこの時代に今日の東京の屋台骨が築かれていたと云っも過言ではない。

YS-11(左) / 東京モノレール(中) / 東海道新幹線(右)
YS-11MonorailShinkansen.jpg

開催地の東京では、オリンピック開催に相応しい近代都市に大改造する絶好の機会となり、競技施設のみならず地下鉄やモノレール、ホテル、首都高速道路など様々なインフラ整備が行なわれた。8月には日本初の国産旅客機YS-11が初離陸し、9月9日には “聖火号”と称するYS-11が、沖縄(当時アメリカ統治下)~鹿児島間をオリンピックの聖火を乗せて到着した。羽田空港~浜松町を結ぶ東京モノレールは開会式前の9月17日に開業した。都市間交通機関の中核として、当時7時間掛かっていた東京(首都圏)~名古屋(中京圏)~大阪(京阪神)を3時間(開業年度は4時間)で結ぶ東海道新幹線が開会式9日前の10月1日に開業した。競技や施設を観る旅行需要が喚起され、日本を代表するホテルオークラホテルニューオータニもオリンピック開催期間の外国人滞在客を見込んで建設されている。

開業時のホテルオークラ(左) / 開業時のホテルニューオータニ(右)
Hotel Ohkura Hotel New Ohtani

首都高速道路の建設は急ピッチで進められ、東京国際空港(羽田空港)から国立競技場(その先の新宿まで開業)まで繋がり、途中で銀座・東京駅(呉服橋)・皇居周縁・国会議事堂・霞ヶ関官庁街などの主要施設を経由する高速道路ルートが大会前に完成したが、用地買収の期間を省くために日本橋川上空などが利用され、日本橋も首都高速道路の高架の下に隠れる事となり、東京都心部の親水空間は減少した。道路整備事業の一環としては、隅田川の佃大橋が開通し、これに伴い隅田川最後の渡し船「佃の渡し」が廃止された。道路のみならず通勤ラッシュの混雑が深刻化していた鉄道も整備の対象となり、地下鉄 日比谷線や東西線の新設、国鉄 中央線(中野~荻窪間)の高架下、オリンピックのマラソンコース決定に伴う京王線の地下化が施された。

日本橋の上の首都高速道路の高架工事
nihonbashi.jpg

更にこのオリンピックの特筆すべき点は、海外に向けてテレビ中継された最初のオリンピックであったことである。1936年のベルリンオリンピックが初めてテレビ中継された大会ではあるが、ドイツ国内のみの放映であった。日本でテレビの本放送が開始されて約10年経過し、このオリンピック放送を見るためのテレビ購入の飛躍的増加し、既にテレビ普及率は87.7%に達していた。テレビ購入者が増えたため「テレビ番組」の視聴者も多くなった。尚、このオリンピックは、カラー放映もされたが、カラーテレビの普及率は僅か1%未満とまだまだ低かった。

東京オリンピックを中継するテレビ(左) / 当時のテレビの広告(右)
1964television.jpg   television1964.jpg

この当時の様子は、シリーズ三作目となる『ALWAYS三丁目の夕日’64』で、東京オリンピック開催時の情景を描かれており、戦後19年目にして見事な復興を遂げ、高度経済成長の真っ只中で活気に溢れ、オリンピック開会式の10月10日、航空自衛隊のブルーインパルスのアクロバット飛行による五輪マークの飛行機雲が、秋晴れの空に浮かび上がった。

ブルーインパルスのアクロバット飛行による五輪マーク 実写(左) / 『ALWAYS三丁目の夕日’64』のCG再現シーン(右)
ブルーインパルスの五輪

その素晴らしい光景を眺めながら夕日町(架空の街)の人々が、日本は更に良くなっていくと希望に満ち溢れるシーンは、原作のテーマとも合致しており印象的である。

当時の東京は高層建築物は少なく、都内各所から五輪マークの飛行機雲が見えたと云う。
ALWAYS三丁目の夕日’64

因みに開会式で聖火を点灯した最終ランナーの広島県出身の早稲田大学競走部 坂井義則選手は、広島に原爆が投下された1945年(昭和20年)8月6日に誕生し、それから19年後には、逞しきアスリートに成長したことを誇示する演出であったとのこと。

聖火を点灯した最終ランナー 坂井義則選手
Olympic Flame

『ALWAYS三丁目の夕日』シリーズ第一作目では東京タワーの建設~完成が描かれ、第二作目では、日本橋の真上に首都高速道路が開通する事を示唆する場面があり、第三作目でオリンピック開催や開通直後の東海道新幹線が描かれている。こうしてみれば、東京スカイツリー東京ゲートブリッジが完成し、玄関としての東京駅も歴史と先進性が融合した魅力ある駅舎に再生され、世界最大のメガシティとして整備された状況での東京オリンピックの開催決定など、当時の東京の状況を彷彿させる。

2012年(平成24年)に完成した東京ゲートブリッジと東京スカイツリー
ゲートブリッジスカイツリー

残念ながら、東京~大阪間を最速67分で結ぶと試算されている超電導磁気浮上式リニアモーターカー「中央新幹線」は、東京~名古屋間は2027年の先行開業、東京~大阪間の全線開業は2045年の予定となっており、2020年の東京オリンピック開催には間に合わない。

超電導磁気浮上式リニアモーターカー 現在は42.8Kmへの実験線延伸工事と実用化確認試験段階
linear.jpg

日本の高度経済成長期は、1955年(昭和30年)~1973年(昭和48年)の18年間とされ、1964年(昭和39年)の東京オリンピックは、その真っ只中でもあり、折り返し地点だったのかも知れない。

1957年(昭和32年)の東京
高度経済成長期

1970年(昭和45年)の大阪万博が終ると景気の後退が顕著になり、急成長による日本の輸出増大は貿易摩擦に発展した結果、1971年(昭和46年)ニクソンショックを招き、1973年(昭和48年)に第4次中東戦争が勃発し原油価格が高騰したことで、オイルショックが発生。日本は戦後初のマイナス成長を記録し、高度経済成長期は終焉を迎えることになる。

1970年(昭和45年)の大阪万博 ※日本万国博覧会(EXPO'70)
大阪万博


その後の安定成長期を乗り越え、バブル経済、バブル崩壊、リーマンショックなど経済の紆余曲折の流れにおいても日本はオリンピック誘致を目論んでいた。これらのオリンピック構想は、破竹の勢いの高度経済成長期での東京オリンピックとは異なり、経済回復の起爆剤を期待したものであることは間違いない。このたびのオリンピックの東京誘致において、五輪招致団メンバーによるIOC委員への東京をアピールした最終プレゼンのスピーチは秀逸だったが、幻となったこれらのオリンピック構想における仮説の繰り返しが、招致プランを導く模索検討にさまざまな教訓をもたらしている筈である。

滝川クリステルのプレゼンスピーチ 「おもてなし」の心をアピール
OMTENASI.gif

【名古屋オリンピック構想】
名古屋誘致活動のポスター(左) / ソウルオリンピックのポスター(右)
Nagoya1988 logo Seoul-1988-Olympics-logo.jpeg 
ドーピングが話題になった男子100m ベン・ジョンソン(右端)
Seoul1988.jpg
1988年夏季オリンピックの開催を愛知県名古屋市で目指していた構想。名古屋市千種区の平和公園にメインスタジアムを建設し、愛知県、岐阜県、三重県の東海3県の広域開催が計画されていた。1981年のIOC総会での決選投票により、52:27で韓国のソウルに決定し開催は実現しなかった。招致活動が行われた1977年から1981年当時は冷戦下だったため、日本オリンピック委員会の分析では、北朝鮮と親交が深いソ連や東欧諸国はソウル開催となった場合不参加となるであろうと予想し、楽観ムードが漂っていた。それに対して韓国はIOC委員への接待を激しく設けて逆転に結びつけた。

【大阪オリンピック構想】
大阪誘致活動のポスター(左) / 舞洲スポーツアイランドのメイン会場プラン(右)
Osaka 2008 poster Osaka2008.jpg
2008年夏季オリンピックの開催を日本からの立候補都市を大阪市と横浜市で選考した結果、1997年の日本オリンピック委員会(JOC)総会での決選投票により、日本からの立候補都市は大阪市(大阪オリンピック構想)に決定して誘致を目指していた構想。メイン会場は大阪市北港(此花区)にある人工島の舞洲におき、総合スポーツ公園「舞洲スポーツアイランド」にメインスタジアムやサッカー場、体育館(舞洲アリーナ)など主要な競技施設を集約するほか、インテックス大阪や長居公園陸上競技場(長居スタジアム)など市内各地の既存スポーツ施設で開催することを目指した。開会式は天神祭の開催に合わせて7月下旬に実施することも計画されていた。「世界初の海上オリンピック」も目玉としていた。2001年7月の第112次IOC総会での投票により中国の北京市に決定し、開催は実現しなかった。

【2016年東京オリンピック構想】
東京誘致活動のポスター
Tokyo-2016-Olympics-logo.jpg
2016年夏季オリンピックの開催を日本からの立候補都市を東京都と福岡市で選考した結果、2006年のJOC総会での決選投票により、日本からの立候補都市は東京都に決定して誘致を目指していた構想。東京都知事の石原慎太郎が提唱し、招致活動が進められていた。実現すれば、日本の夏季オリンピックでは1964年の東京オリンピック以来52年ぶり、日本では長野市(長野県内各地)で1998年冬季オリンピックが開催されて以来18年ぶり、21世紀になってからは日本での初開催となる筈であった。また、アジアでは初の夏季五輪の2回開催を目指していたが、2009年にコペンハーゲンで行われたIOC総会の開催都市の第2回目の投票で最小得票数だったため落選し招致に失敗した。
2016年東京オリンピック誘致競技場プラン ※多くは2020年大会に引き継がれる。
TOKYO2016.jpg

【広島・長崎オリンピック構想】
メインスタジアムとしての広島ビッグアーチ増設案 / 秋葉忠利広島市長(手前右側)と田上富久長崎市長(奥左側)
Hiroshima2020.jpg Japanese cities Hiroshima and Nagasaki considering joint bid to host 2020 Olympic Games
「平和の祭典」と称されるオリンピックを世界初の被爆都市である広島市と長崎市で開催することで「核兵器廃絶」と平和の尊さを世界に訴えるという主旨で、オリンピック憲章にある1箇所開催原則を覆そうとした日本で初めての構想であり、実現すれば近代オリンピックの歴史で初めての複数都市での共同開催になる。誘致理念より全国様々な人から賛同されたが、秋葉忠利広島市長と田上富久長崎市長だけで構想を固めて唐突に発表し、IOC及びJOCから即刻却下された為、共催実現に向けた具体案は何も提示されなかった。その後、長崎市が共催断念し、広島市単独での開催構想も秋葉の後任松井一實広島市長により招致断念が発表された。奇しくもその二日前に東京都知事選挙で再選された石原慎太郎が2020年夏季オリンピックへ立候補の意欲を表明し、石原慎太郎が知事職を辞職した後、後任の猪瀬直樹が招致委員会の会長を引継ぎ、東京開催決定に至っている。

2020年東京オリンピック競技会場全体図
Tokyo2020olympiczone.jpg

2020年の東京オリンピックは都心部やベイエリアを中心とした半径8Km圏内で、全35競技会場のうち28会場を配置するコンパクト仕様。施設もできるだけ既存の物を活用した上で、競技場や選手村の建設・改修に要する総工費を約4500億円と見積もっているとのこと。再開発が進む東京湾岸の東京・晴海に建設が予定されている選手村は、約1万7千のベッドを備えた複数の居住棟の建設が計画され、オリンピック終了後はマンションに転用される。東京都は早ければ平成26年度に事業者を公募・選定する予定とのこと。この晴海付近は昨年まで実際に家族で生活していた家の近隣地域であり、馴染みのある場所でもある故に、個人的には今後の変貌への期待と共に開発後の変化に対する複雑な想いが交錯することを今から予測している。

昨年まで三年間生活した東雲・豊洲・晴海地区
東雲・豊洲・晴海地区

このオリンピックのメイン会場となる「新国立競技場」は2018年に完成予定で、開会式、閉会式、陸上、サッカー、ラグビーの会場として使用される予定。1964年の東京オリンピックに合わせて作られた現在の国立競技場を建て替える。収容人数は8万人、総工事費は1300億円。屋根は開閉式で雨天にも対応する。またサッカーなど球技開催時は陸上トラックの部分に観客席が移動する仕組みを備えている。2019年に開催されるラグビー・ワールドカップでの使用も決定している。

2020年 東京オリンピックのメインスタジアム新国立競技場 完成予想図(外観)
新国立競技場

新国立競技場のデザインは、曲線、直線をダイナミックに扱う斬新な作風で、2004年には「建築界のノーベル賞」と称されるプリツカー賞(The Pritzker Architecture Prize)を受賞している建築家ザハ・ハディド(Zaha Hadid)の作品が激戦の末に選ばれた。建設計画については、予算オーバーを危ぶむ声もあると云う。

2020年 東京オリンピックのメインスタジアム新国立競技場 完成予想図(内観)
新国立競技場内観

1964年の東京オリンピックをはじめ、さまざまな名勝負の舞台となってきた現在の国立競技場は2018年の建て替え完成に向け、2014年の7月から解体工事が始まる。

2014年7月から解体工事が始まる現在の国立競技場
国立競技場

余談ではあるが、大友克洋氏の名作『AKIRA』(1982年12月20日~1990年6月25日『週刊ヤングマガジン』連載作品)が、2020年の東京オリンピック開催を予言していたことが巷で話題になっている。1982年、東京は「新型爆弾」により崩壊。これが世界大戦争のきっかけとなり、世界は荒廃していく。2019年。東京湾上には、超高層ビルが林立する新首都「ネオ東京」が建設されており、その繁栄は爛熟の極に達していた。いまだ再建されていない「旧市街」でも2020年の東京オリンピック開催を機に再開発工事が進められようとしていたのだが、再建途中の首都が再び破壊される危機にも直面する。1980年代には既に未来に対するネガティブな発想を抱き始めた時代風潮も影響しているが、『AKIRA』での予言のように、世界の終末への序章のような世界観は想像したくない。

『AKIRA』 ネオ東京の地図(左) / 『AKIRA』 2020年開催予定の東京オリンピックのメインスタジアム(右)
NEO TOKYO AKIRA Tokyo2020

敗戦後の焼け野原状態から奇跡の復興を遂げた日本は、高度経済成長という名の巨大なタイムマシーンと化して未来に向かってモーレツなスピードで疾走した。高速道路や新幹線が整備され、国際都市として生まれ変わった東京でオリンピックが開催され、それは過去のSF小説や少年雑誌の未来予想画報の世界が着実に現実化していくような日々であった筈だ。果たして2020年の東京オリンピック開催が、未来の日本にどんな仮説を示していくのだろうか・・・・・。

「HORIZON CAR」小松崎 茂・絵(昭和35年)ジェットエンジンやプロペラの付いた近未来の弾丸超特急なのである。
小松崎茂イラスト
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Re: タイトルなし 
こちら(大阪)は、特に被害は拡がりませんでしたが、
京都は、大変なことになっていました。
前日のみゆきんさんのコメントで随分心配しました。
最近の異常気象は、要注意です。
 
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広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
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