3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

青丹よし 紫陽花とお地蔵様の寺

Edit Category 3Dカメラ
梅雨の季節になり芳しくない天候の日が続く。憂鬱な季節であるこの時期に出掛けるのは億劫ではあるが、一昨年は城北菖蒲園の花菖蒲、昨年は宇治市の三室戸寺のあじさいを観に出掛けた。

【城北菖蒲園】
(交差法)
城北菖蒲園 花菖蒲⑩(交差法)
(平行法)
城北菖蒲園 花菖蒲⑩(平行法)

【三室戸寺 アジサイ庭園】
(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑪(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑪(平行法)

この時期だからこそ満喫できるものもあり、梅雨から真っ先にイメージされるあじさいの色彩は、滅入った気分を払拭してくれる。今年は、昨年と同じくあじさいを観に出掛けたのだが、昨年、平等院を訪れた後、足早に訪れた三室戸寺とは違い、時間的に余裕をもって出掛けることにした。
大和郡山 あじさいの寺 矢田寺
関西最大級のあじさいの名所としてあじさい寺とも称される矢田寺は、奈良県大和郡山市の西側に位置する矢田丘陵にあり、日本最古の延命地蔵菩薩を安置しており、先日訪れた高野山真言宗の寺院である。また、“矢田の地蔵さん”として親しまれ、例年のあじさい名所ランキングで、関西地区で常にトップを争う人気スポットである。昭和40年代、周辺が県立矢田自然公園に指定されたのをきっかけに本格的なあじさい栽培を始めたとのこと。

大和郡山矢田寺map 矢田寺 矢田寺案内図

矢田の里は斑鳩の里に連なる小高い矢田丘陵の中腹にあり、万葉集にも詠まれてきた。奈良盆地を西に向かって秋篠川を越えた唐招提寺や薬師寺のある辺りは少し高台になっており、富雄川を越して更に高くなる場所が矢田丘陵である。ここから西にある竜田川を越して生駒山の暗峠(くらがりとうげ)を超えると大阪府に至り、南へ辿れば法隆寺のある斑鳩に至る。奈良の都(平城京)は仏教都市であり、西方の難波へ向かう街道沿いの立地条件に創建された伽藍は、壮大であったものと推察する。

矢田寺 パンフレット
矢田寺 パンフレット

都市の形が形成されたのは、戦国時代末期に筒井順慶が郡山城に拠り、その城下町が発達してからである。順慶亡き後1585年( 天正13年)豊臣秀長(当時羽柴秀長)が郡山城に入り、郡山はこの時期大和国の中心都市として栄えた。郡山駅周辺は城下町の趣が残るが、矢田町周辺は、現在でも日本の原風景が残されたのどかな光景が広がる。

(交差法)
近鉄郡山駅①(交差法)
(平行法)
近鉄郡山駅①(平行法)

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近鉄郡山駅②(交差法)
(平行法)
近鉄郡山駅②(平行法)

我家から近鉄布施駅直通のバスに乗り、布施駅から近鉄奈良線で奈良行き快速急行に乗車し、西大寺で近鉄橿原線に乗り換え、一時間弱の所要で郡山駅に到着した。当駅は経営の合理化に伴い、郡山駅には駅長職を設置せず、天理駅長が兼任として管轄しているとのこと。バスターミナルは、北東へ50m程の所にある西友大和郡山店前にあり、臨時で増便された奈良交通バスに乗り換えて、矢田寺バス停まで20分程で到着した。

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矢田寺行き奈良交通バス①(交差法)
(平行法)
矢田寺行き奈良交通バス①(平行法)

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矢田寺行き奈良交通バス②(交差法)
(平行法)
矢田寺行き奈良交通バス②(平行法)

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矢田寺に向かう道(交差法)
(平行法)
矢田寺に向かう道(平行法)

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矢田寺(金剛山寺)山門(交差法)
(平行法)
矢田寺(金剛山寺)山門(平行法)

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矢田寺 石段①(交差法)
(平行法)
矢田寺 石段①(平行法)

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矢田寺 石段②(交差法)
(平行法)
矢田寺 石段②(平行法)

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矢田寺 石段踊り場の地蔵尊(交差法)
(平行法)
矢田寺 石段踊り場の地蔵尊(平行法)

野暮ったいデザインの奈良交通バスで約20分で矢田寺に続く道の先にある停留場に到着するが、着いた場所からは矢田寺の外観は観えず、長い坂道を暫く直進してようやく山門に到着する。山門に続く参道脇には様々な出店もあった。山門の手前に青やピンク色のあじさいが咲き並ぶ。坂道では人の往来が途絶えることがなく、最初の階段の踊り場では、立派な祠に祀られている地蔵尊が参拝者を労う。

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矢田寺 参道①(交差法)
(平行法)
矢田寺 参道①(平行法)

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矢田寺 参道②(交差法)
(平行法)
矢田寺 参道②(平行法)

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矢田寺 大門坊 手水鉢(交差法)
(平行法)
矢田寺 大門坊 手水鉢(平行法)

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矢田寺 大門坊 聖天堂(交差法)
(平行法)
矢田寺 大門坊 聖天堂(平行法)

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矢田寺 大門坊 千佛堂(交差法)
(平行法)
矢田寺 大門坊 千佛堂(平行法)

階段を登り切ると左右に塔頭寺院の白壁の築地塀が広がる平坦な参道に一変し、塀の遥か奥に本堂の屋根が目に入り、右側に聖天堂や見事な水煙が見えてくる。弘法大師が25歳の時に矢田寺にお参りになった時に滞在されたお寺。東側には一如庵という茶室があり6月は茶席が開放される。

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矢田寺 本堂①(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂①(平行法)

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矢田寺 蓮花池(交差法)
(平行法)
矢田寺 蓮花池(平行法)

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矢田寺 本堂⑧(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂⑧(平行法)

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矢田寺 本堂②(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂②(平行法)

本堂前に立つ石燈篭は、1793年に5代郡山藩主 柳沢保光からの寄進と伝わる。鐘楼に納められている梵鐘は、鎌倉時代の1246年の鋳造であり、重要文化財に指定されている。矢田寺の寺伝によれば、大海人皇子(おおあまのみこ後の天武天皇)が壬申の乱の戦勝を祈願して矢田山に登り、その甲斐あって勝つことができ、即位後の679年(天武8年)飛鳥時代の法相宗の智通僧正に勅せられて開基した。七堂伽藍四十八坊を造営し十一面観音菩薩と吉祥天を安置した天武天皇の勅願寺であった。

(交差法)
矢田寺 紫陽花①(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花①(平行法)

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矢田寺 あじさい園(交差法)
(平行法)
矢田寺 あじさい園(平行法)

その後の戦乱などで多くを焼失し、現在は矢田寺北僧坊・矢田寺大門坊・矢田寺念佛院・矢田寺南僧坊の4つの僧坊で、付近の山麓が万葉の昔から矢田の里と呼ばれてきたところから矢田寺と呼ばれるようになるが、正式な寺名は、「矢田山 金剛山寺(こんごうせんじ)」との名刹である。

(交差法)
矢田寺 紫陽花②(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花②(平行法)

(交差法)
矢田寺 紫陽花③(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花③(平行法)

矢田寺は、昔から関西の善光寺と称され、地蔵信仰の発祥の霊場のひとつとも云われ、境内に多くの地蔵菩薩の石像が安置されている。創建時には十一面観音と吉祥天を本尊としてきたが、弘仁年間に寺を中興した満米(まんまい)上人が延命地蔵菩薩を刻んで安置しことから、地蔵信仰の中心地として栄えてきたと伝わる。

(交差法)
矢田寺 紫陽花 花弁(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花 花弁(平行法)

あじさいは、周辺地域が県立矢田自然公園に指定されたことに始まり、本尊様であるお地蔵さんに因んで昭和40年頃から植え始められた。あじさい園は“あじさいの森”の如く、6月から7月のシーズンを迎えると境内には約60種10,000株のあじさいの花が咲き乱れる圧巻の光景が広がる。

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矢田寺 紫陽花④(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花④(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑤(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑤(平行法)

6月のあじさいの見頃の時期になると、多くの鑑賞客が訪れ境内は花と人とで賑わいを見せる。谷川を模した小川のせせらぎに耳を澄ませながら、彩を添えるあじさいのグラデーションを愛でることができるのも回遊式庭園ならではの醍醐味となる。所々に立ち止まれるビューポイントが設けられ、ランドスケープを重視した庭園構成になっている。

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矢田寺 紫陽花⑥(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑥(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑦(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑦(平行法)

あじさいの語源は諸説ある中で有力とされるのは「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものとされ、漢字表記の紫陽花は、唐の詩人白居易がライラック(仏語からリラとも呼ばれる)と推測する花に名付けたものを、平安時代の学者が紫陽花とする漢字を当て嵌めため誤って広まったものだと云われる。そのほか、「味」は評価を、「狭藍」は花の色を示すという谷川士清の説、「集まって咲くもの」とする山本章夫の説、「厚咲き」が転じたものであるという貝原益軒の説がある。

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矢田寺 紫陽花⑧(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑧(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑪(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑪(平行法)

あじさい(紫陽花、学名 Hydrangea macrophylla)は、アジサイ科アジサイ属の落葉低木の植物で、日本の暖地に自生するガクアジサイを原種とする日本が原産地の園芸品種である。梅雨時にさまざまに花の色を変えながら咲き続けるその美しさから、古来より数々の詩歌にも詠み込まれているが、意外にも本種は有毒植物であるため、園芸や切り花として利用の際の取り扱いには注意が必要とのことである。

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矢田寺 紫陽花⑨(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑨(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑩(交差法)
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矢田寺 紫陽花⑩(平行法)

シーボルト生誕200年記念日本切手(左)/シーボルト宅址と肖像の絵葉書(右)
シーボルト生誕200年を記念した日本切手 長崎鳴滝における蘭医シーボルト先生宅址と肖像の絵葉書

あじさいは、日本特有の花木とされており、諸外国にその野生種は存在しないと云われる。西洋あじさいと称される品種は、江戸後期に日本の動植物をヨーロッパに紹介した長崎出島のオランダ商館の医官シーボルト(Philipp Franz Balthasar von Siebold)などによって欧州へ送られたあじさいが改良されたものとされる。その中で花序全体が装飾花のアジサイ属の新種の学名「オタクサ(Hydrangea otaksa)」は、シーボルトが帰国後、日本滞在中の愛妾の楠本滝(お滝さん)を偲んでつけた名前と云われ物議を醸した。

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矢田寺 紫陽花⑫(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑫(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑬(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑬(平行法)

6月から7月にかけて開花し、白、青、紫または赤色の萼(ガク)が大きく発達した装飾花をもつ。ガクアジサイではこれが花序の周辺部を縁取るように並び、園芸では“額咲き”と呼ばれる。ガクアジサイから変化した花序が球形ですべて装飾花となったあじさいは“手まり咲き”と呼ばれる。

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矢田寺 地蔵尊②(交差法)
(平行法)
矢田寺 地蔵尊②(平行法)

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矢田寺 本堂 紫陽花 地蔵尊(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂 紫陽花 地蔵尊(平行法)

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矢田寺 地蔵尊③(交差法)
(平行法)
矢田寺 地蔵尊③(平行法)

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矢田寺 地蔵尊④(交差法)
(平行法)
矢田寺 地蔵尊④(平行法)

あじさいとお地蔵様に囲まれた矢田寺の景観に和みが感じられるのは何故なのだろう?お地蔵様は、仏教の信仰対象である地蔵菩薩(梵語ではクシティガルバ)であり、仏教では、釈迦入滅後、弥勒菩薩が竜華樹の下で悟りを開き、再び法を説かれるまでの56億7千万年の間、現世に仏が不在の五濁の世が続くとされている。地蔵菩薩は、その五濁の世に出現して様々な姿に分身し、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)を輪廻する衆生を救済することを使命としている。

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矢田寺 本堂 紫陽花(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂 紫陽花(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑭(交差法)
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矢田寺 紫陽花⑭(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑮(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑮(平行法)

あじさいは蕾の頃は緑色で白く移ろいだ後に水色または薄紅色の花が咲き、咲き終わりに近づくにつれ花色は濃く変化していく。花の色が次々に変わることから、“七変化”或いは“八仙花”と称される。絶えず変化し続ける諸行無常を表しているようでもあり、種々の姿に分身して衆生を救済する地蔵菩薩の化身のようにも映る。あじさいの美しい色彩は、鬱陶しい梅雨時の不快感を和らげることで、お地蔵様との相性が感じられるのかも知れない。

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矢田寺 本堂③(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂③(平行法)

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矢田寺 本堂④(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂④(平行法)

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矢田寺 北僧坊(交差法)
(平行法)
矢田寺 北僧坊(平行法)

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矢田寺 本堂⑤(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂⑤(平行法)

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矢田寺 本堂⑥(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂⑥(平行法)

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矢田寺 本堂⑦(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂⑦(平行法)

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矢田寺 本堂 鬼瓦①(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂 鬼瓦①(平行法)

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矢田寺 本堂 鬼瓦②(交差法)
(平行法)
矢田寺 本堂 鬼瓦②(平行法)

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矢田寺 味噌なめ地蔵(交差法)
(平行法)
矢田寺 味噌なめ地蔵(平行法)

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矢田寺 地蔵尊①(交差法)
(平行法)
矢田寺 地蔵尊①(平行法)

矢田寺の創建当初、元々御本尊は十一面観音と吉祥天女であったが、平安時代初期の地蔵信仰 隆盛の折、地蔵菩薩へと移り変わったと云われる。本尊である地蔵菩薩は「矢田のお地蔵さん」として有名。広い境内には本堂、開山堂などが立ち並び、本尊の木造地蔵菩薩立像をはじめ、数多くの重要文化財が収蔵されている。境内各所に石像が祀られており、中でも自家製の味噌を口元に塗ると味が良くなるとされる「味噌なめ地蔵」(鎌倉時代後期)は名高い。

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矢田寺 南僧坊 地蔵尊(交差法)
(平行法)
矢田寺 南僧坊 地蔵尊(平行法)

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矢田寺 南僧坊(交差法)
(平行法)
矢田寺 南僧坊(平行法)

一般的に地蔵菩薩の像は僧侶の姿で袈裟を纏い、左手に如意宝珠、右手に錫杖を持っているが、矢田寺の地蔵菩薩は、錫杖を持たず、左手には宝珠を載せ、右手は胸の前で親指と人差し指とを丸め合わせている。阿弥陀如来の来迎印のような形をしていることで、地蔵菩薩と阿弥陀如来双方の功徳を併せ持つとされ、「矢田型地蔵」と呼ばれている。

左から 木造地蔵菩薩立像・木造十一面観音立像・木造司録坐像・木造閻魔王倚像・木造虚空蔵菩薩坐像
木造地蔵菩薩立像(矢田寺本尊)木造十一面観音立像木造司録坐像(奈良国立博物館寄託)木造閻魔王倚像(奈良国立博物館寄託)木造虚空蔵菩薩坐像(矢田寺北僧坊所蔵、奈良国立博物館寄託)  

木造地蔵菩薩立像(矢田寺本尊)
「矢田地蔵縁起」によると、満慶上人が小野篁とともに閻魔庁に行き、閻魔王に地獄を見てみたいと申し入れ、阿鼻地獄で必死に衆生を救う地蔵菩薩に出会い、「わたしと縁を結ぶように、衆生に勧めなさい」と言われる。満慶上人は早速地蔵菩薩を彫り始めるが、そこへ翁に姿を変えた春日明神が現れ、三日三晩のうちにそっくりの地蔵菩薩立像を彫り上げたものが本尊となった。満慶上人が彫った像は「こころみの地蔵菩薩立像」(重文)として、裏堂に祀られている。像高163cm 平安時代9世紀の作(貞観時代の作)延命地蔵菩薩と云われている。


木造十一面観音立像
当初は本尊であった可能性が高いと云われている。像高217cm、8世紀後半・藤原時代の作。桐材の一木造りで、両肩から先は別材を接いでいる。下半身には天然のウロ(空洞)があり、左肩から襷(たすき)掛けにする条帛を乾湿の盛り上げで作られている。脚部の衣文は平安前期の一木彫像に多い翻波式に刻まれている。天衣の腕から下に垂れる部分、頭上面の大部分は後補。やや中性的で可憐な容貌をもち、柳腰で下半身のよく伸びたしなやかな身のこなしが美しい像である。


木造司録坐像(奈良国立博物館寄託)
司録は地獄の冥官で、司命と一対で閻魔王に随侍する。像高142cm 鎌倉時代末期14世紀の作と考えられている。中国式の官人の服装で、獣皮をかけた床几に右足を踏み下げて坐し、左手に木札、右手には筆をとる。司録とされているが司命とするのが正しいとされている。像内の墨書銘から1582年(天正10年)宿院仏師によって修理された。


木造閻魔王倚像(奈良国立博物館寄託)
怒った表情をしていないことから、地獄の判官として人の生死をつかさどる泰山府君の可能性も有り得る。像高54cmの小像 鎌倉時代1591年(天正19年)の作 中国風の道服を着て、両足を下ろし椅子にすわる姿。胸の前で笏を持つが、手首と持ち物は後補である。


木造虚空蔵菩薩坐像(矢田寺北僧坊所蔵、奈良国立博物館寄託)
堅太りの体格で、華やかな宝髻を結い、強い表情をあらわす像高86cmの木造彩色像である。平安時代の作で、桐材の一木造りとなっている。蓮華座に左足を踏み下げて坐し、左手で宝珠をとり、右手に剣を握る。左足のすねにはリズミカルな翻波式の衣文を刻む。


矢田寺閻魔堂特別開扉
矢田寺閻魔堂特別開扉

普段はは閉じられている閻魔堂が期間限定で特別開扉されていた。創建は室町時代で、現在の閻魔堂は、江戸時代に再建されたもの。巨大な閻魔大王の左右には11体の像が並び、9体は冥府の裁判官で、閻魔大王を合わせて十王となる。かなり迫力がある閻魔大王像であるが、残念ながら各々像は撮影禁止であった。しかし語り部の方の判り易い説明により、冥界での裁判の様子を興味深く聴き入ることが出来た。

「地獄極楽図」河鍋暁斎(大英博物館所蔵)
「地獄極楽図」河鍋暁斎(大英博物館所蔵)

人が亡くなると6日間426kmの道程を歩き、7日目 書類審査で生前の行状が裁かれる。(裁判官 秦広王)14日目 六文銭の船賃で三途の川を渡った後、死者の殺生の行為が裁かれる。(裁判官 初江王、守護仏 釈迦如来)21日目 生前の邪淫の罪が裁かれる。(裁判官 宗帝王、守護仏 文殊菩薩)28日目 天秤によって生前の罪状の重さが決められる。(裁判官 五官王、守護仏 普賢菩薩)35日目 水晶の鏡に生前の罪状が写し出される。(裁判官 閻魔大王、守護仏 地蔵菩薩)42日目 五官王の秤と閻魔大王の水晶で生前の罪状が再吟味される。(裁判官 変成王、守護仏 彌勒菩薩)49日目 五官王と閻魔王の報告に基づく最後の審判が下される。(裁判官 泰山王、守護仏 薬師如来)

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矢田寺 紫陽花⑯(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑯(平行法)

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矢田寺 紫陽花⑰(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑰(平行法)

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矢田寺 八十八ヶ所霊場参詣道①(交差法)
(平行法)
矢田寺 八十八ヶ所霊場参詣道①(平行法)

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矢田寺 八十八ヶ所霊場参詣道②(交差法)
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矢田寺 八十八ヶ所霊場参詣道②(平行法)

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矢田寺 舎利堂②(交差法)
(平行法)
矢田寺 舎利堂②(平行法)

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矢田寺 舎利堂③(交差法)
(平行法)
矢田寺 舎利堂③(平行法)

(交差法)
矢田寺 紫陽花⑱(交差法)
(平行法)
矢田寺 紫陽花⑱(平行法)

矢田寺の境内の一帯は、県立矢田自然公園に指定されており、矢田丘陵ハイキングコースとなっている。山全体が真言宗のお寺である故、裏山には四国八十八ヶ所霊場巡りを模した「お地蔵様巡り」のコースがある。矢田丘陵の中心矢田山の中腹にある通称矢田寺(金剛山寺)は、後の天武天皇)が、壬申の乱の戦勝祈願のため矢田山に登られ七堂伽欄48カ所坊を造営した起源の形跡が現在に残る。また法隆寺より追分梅林を経て霊山寺に至る古道は、山辺の道葛城道と共に大和の最も美しい道と云われ、ハイキングコースとして親しまれている。

(交差法)
矢田寺 参道③(交差法)
(平行法)
矢田寺 参道③(平行法)

(交差法)
矢田寺 大門坊(交差法)
(平行法)
矢田寺 大門坊(平行法)

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矢田寺 大門坊 宝篋印塔(交差法)
(平行法)
矢田寺 大門坊 宝篋印塔(平行法)

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矢田寺 念佛院(交差法)
(平行法)
矢田寺 念佛院(平行法)

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矢田丘陵①(交差法)
(平行法)
矢田丘陵①(平行法)

(交差法)
矢田丘陵②(交差法)
(平行法)
矢田丘陵②(平行法)

(交差法)
矢田寺 石段 見送り地蔵・江戸力士墓石(交差法)
(平行法)
矢田寺 石段 見送り地蔵・江戸力士墓石(平行法)

(交差法)
矢田丘陵③(交差法)
(平行法)
矢田丘陵③(平行法)

(交差法)
矢田寺 石段③(交差法)
(平行法)
矢田寺 石段③(平行法)

(交差法)
奈良県大和郡山市矢田町①(交差法)
(平行法)
奈良県大和郡山市矢田町①(平行法)

(交差法)
奈良県大和郡山市矢田町②(交差法)
(平行法)
奈良県大和郡山市矢田町②(平行法)

(交差法)
道脇の向日葵(交差法)
(平行法)
道脇の向日葵(平行法)

(交差法)
近鉄奈良線からの大阪市内(交差法)
(平行法)
近鉄奈良線からの大阪市内(平行法)

矢田寺の境内は想像以上に広く、適度な石段のアップダウンもあり、ウォーキングにも最適である。矢田丘陵を下る石段からは、奈良盆地、若草山が見渡せ、矢田の里の原風景となる遠く山並みが薄く霞む景観を眺めることが出来る。石段を少しずつ下ると木々の狭間から見える大和郡山市総合公園施設の中にある大和郡山市営球場の歓声が聞こえてくる。案山子のある田畑の風景の鮮やかな緑色の中に比較的小さいが黄色が際立つの向日葵の花を見つけた。暑い夏の到来を感じながら帰路についた。

あじさいペーパークラフト あじさい あじさい和紙のちぎり絵

あじさいの花弁は、アントシアンによりピンク色をしており、土の中にあるアルミニウムを吸収することで花弁は青くなる。これがあじさいの“七変化”となり、その深いあじさいの世界は、多くの園芸家を魅了するだけでなく、水彩画などの作品、暑中見舞いの絵葉書、ペーパークラフトや和紙のちぎり絵や折り紙などの作品で様々な色彩の魅力が表現されている。雨に濡れた姿も良し、梅雨の晴れ間に活き活きと咲く姿もまた良し。派手さは無くても、清潔さや淑やかさを感じる花として、その控えめな華やかさに心奪われてしまうのである。
あじさい
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Comments
ブログ拝見しました 
矢田寺 拝見しました
古い樹木の間から見える紫陽花いいですね
色とりどりの紫陽花のアップ画像、見事です
日本特有の花木とは初めてしました、有毒植物だったとは・・・

花にかこまれた御地蔵さんステキです。
 
Re: ブログ拝見しました 
kimさん、毎度です。

数年前まで紫陽花を観に出掛けることなど
まったく想像しておりませんでした。

私自身も日本原産種であるとか、有毒性など
まったく想像しておりませんでした。

お地蔵様との共通性(諸行無常)を想像すれば
謎めいた花だったことをあらためて知る機会
になりました。
 
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Re: こちらこそ ありがとうございました 
Kim_uraさん、突然のコメント内容に驚くと同時に大変残念で
淋しく感じてます。

思えば、2011年7月に初めてコメント戴いて以来、6年間も欠かさず
コメントを寄せて戴きましたので、一度も肉声で会話したことが無い
にも拘らず、Kim_uraさんの映像作品を通じて直接会話した
ことがある間柄のような錯覚を抱いておりました。

でもご事情は理解しました。こちらこそありがとうごさいました。
時々Kim_uraさんのサイトを訪ねて作品を観ながら陰ながら
応援していきます。

3Dアクアテラリウムをいつまで続けるかは何も考えておりませんが
嫁さんと楽しく過ごした日々の記録としては有効だと思いました。
ですので暫くは続けてみるつもりです。

Kim_uraさんも気が向いたときで構いませんので、時々覗いて
戴ければ幸甚です。

数え切れない応援のコメント、本当にありがとうございました。
お元気で頑張って下さい。
 


 
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MOTO

Author:MOTO
広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
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