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晴れの暁

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緒方監督 胴上げ

我が広島東洋カープが1991年(平成3年)以来25年振り7回目の優勝を果たした。独立採算企業としてカープを経営する株式会社広島東洋カープは、マツダの創業一族の松田元氏が42.7%を保有する筆頭株主としてオーナーを務め、マツダ本社も34.2%の株を保有するが経営には携わっていない。特定の親会社を持たず、セ・パ12球団で最も優勝から遠ざかっていた“市民球団”は、様々なハンディを乗り越え、四半世紀振りに悲願の優勝を遂げた。

カープ優勝記者会見(左)/カープ優勝祝賀会の黒田と新井(中)/カープ優勝祝賀会鏡割り
カープ優勝記者会見祝賀会の黒田と新井カープ優勝祝賀会

職場や取引先の人から想像以上に祝福の言葉やメールを戴き、周囲の連中と優勝祝賀会なるものも催して祝杯も上げた。東京で暮らす息子はあまり野球に興味がないのだが、優勝した日にお祝いの電話があった。年配のカープファンの中には、“生きているうちに再び優勝を味わえて良かった。”との言葉も聞かれ、私はそれほど厳粛に受け止めてはいなかったが“このブログを継続中に果たして優勝できるのだろうか?”と真剣に危惧したことがあったのは事実である。

1991年(平成3年)25年前のカープ優勝
カープ25年前1991年優勝の胴上げカープ25年前1991年優勝のビールかけ2カープ25年前1991年優勝メンバー

前回の優勝の胴上げは、結婚を直前に控えていた年に婚約者(嫁さん)とのデート中に居酒屋のテレビで観た。嫁さんから「ここは大阪やで!恥ずかしいから大きな声出したらアカンで!!」と釘を刺され、優勝の瞬間にテーブルの下で小さくガッツポーズをしたことを憶えている。その時は、数年待てば何度も胴上げを観ることができると思ったが、結婚して初めてのカープ優勝は、銀婚式を来年迎える年齢まで待つこととなり、気の遠くなるような感慨に浸った。7回目の優勝でありながら25年振りとなれば、球団創設から26年目で初優勝したことを鑑みて“2度目の初優勝”とも云える感覚になる。

旧広島市民球場1975年(昭和50年)
旧広島市民球場1975年(昭和50年)

思えば1975年(昭和50年)初優勝~1980年代の黄金時代に野球中継に熱中した当時は地上波放送しかなく、試合終了まで放映されない時代であり、地元の放送局 RCC(中国放送)のラジオ中継を駆使することも多かった。しかもカープはローカル球団なので全国放映される機会が乏しく、大学時代を過ごした大阪では、サンテレビのように阪神の試合を徹底的にカバーするチャンネルを羨ましく感じた。しかし現在は、有料放送契約によって、略全試合を試合終了までテレビ観戦が可能な時代となったが、昨年までは「俺が観るから負ける」と根拠の無い非科学的思考でテレビを消すことも多かった。今年に限っては、嘗てない頻度でプロ野球をテレビ観戦することが出来たのである。

広島-巨人 2016.8.7 菊池 同点ホームラン(左)/新井 サヨナラヒット(中)/歓喜の新井と菊池(右)
広島-巨人 2016.8.7 菊池 同点ホームラン広島-巨人 2016.8.7 新井 サヨナラヒット広島-巨人 2016.8.7 サヨナラ勝ち

8月5日、マツダスタジアムを訪れた巨人戦は惜敗し、翌日6日 原爆記念日のピースナイターにも敗れたカープは、今シーズン初の4連敗を喫し、2位巨人とのゲーム差は4.5まで縮まった。8月7日の巨人戦で1点を追う9回、2死 無走者からの菊池の同点ホームランと新井のサヨナラツーベースにより、奇跡的な勝利を収めて連敗を食い止めると、再び勢いを取り戻した。リードされても逆転する脅威の粘りで勝利を重ね、8月24日には優勝へのマジックナンバー20が点灯し、更に勢いを加速させた広島とは対照的に2位巨人は失速して大きく引き離され、驚異的なスピードでマジックが減っていった。

25年振りの優勝に向かってカープファンが熱狂する満員のマツダスタジアム
25年振りの優勝に向かって満員のマツダスタジアム

カープが優勝することは最早疑う余地は無くなったが、ファンの間では25年振りの優勝の胴上げを果たして地元のマツダスタジアムで迎えることが出来るか否かが懸念された。予測の上での心配は、マジックが減るスピードが速く、マツダスタジアムの試合日程に命中させることが極めて厳しいのであった。そのような状況の中、9月6日・7日・8日 マツダスタジアムでの対中日戦を3連勝し、同日程の阪神甲子園球場で、巨人が阪神に1敗でもすれば本拠地で優勝決定となる。カープファンはこのパターンに夢を託したが、この時点で阪神は今シーズンの甲子園での対巨人戦に於いて未勝利の状態であった。

2016.9.8 中日を破って優勝マジックを1に減らした広島ナイン
中日を破って優勝マジックを1に減らした広島ナイン

9月6日・7日・8日は台風13号による試合開催への影響も懸念されたが、広島地区、西宮地区とも予定通り試合が行われた。それまでの直近10試合を1勝9敗と大苦戦していた巨人ではあったが、6日は先発 菅野が投打で勝利に貢献し、チームの不調にストップを掛けた。7日は、先発 田口が7回1失点と力投してマシソンに繋ぎ、2点リードの8回2死二、三塁で鳥谷の右中間を襲う打球を長野の超美技で阻み、抑えの澤村は、最終回 北条のソロを浴びるも阪神の反撃を絶った。その間カープは中日を圧倒して連勝し、着々とマジックを“2”まで減らした。

2016.9.7 巨人 長野 超ファインプレー(左)/2016.9.8 巨人 坂本 逆転ホームラン
長野 超ファインプレー 坂本 逆転ホームラン

三連戦の三戦目となる8日は、カープのユニフォームを着たファンが甲子園球場に現れ、阪神を応援する珍しい光景も見られた。巨人は1点ビハインドの8回1死一、二塁で青柳を救援した藤川から、代打 坂本が値千金の3ランを放ち、起死回生の逆転勝利を収めた。一方、カープは同日の中日戦に3連勝を飾ってマジックを1つ減らしたが、本拠地優勝の目論みは消滅し、一部の阪神ファンからカープファンに詫びるSNSなどもあった。移動日となる翌日9日に神宮球場で行われたヤクルト-巨人戦は、元カープの巨人 大竹が7回1失点と好投し、カープの優勝決定は10日の東京ドームでの巨人-広島戦まで持ち越されることになった。

1997.4.25 黒田 プロ初登板・初完投・初勝利(左)/2007.7.14 黒田 通算100勝(右)
黒田プロ初登板・初完投・初勝利 黒田 通算100勝

黒田博樹の球歴:カープ (1997~2007年)、ドジャース (2008~2011年)、ヤンキース (2012~2014年)、カープ (2015年~)
黒田博樹の球歴

優勝へのマジックを“1”としていたカープは、10日 東京ドームでの巨人戦に勝つか引き分ければ優勝が決まる。1975年(昭和50年)の初優勝も当時の後楽園球場での巨人戦であった。大一番のこの日の試合、カープの先発投手は、7月に日米通算で200勝を達成し、今シーズン8勝を挙げている黒田が務める巡り合わせとなった。東京ドームは、黒田が1997年4月25日にプロ初登板・初完投・初勝利を達成し、メジャー挑戦前の2007年7月14日に完投で通算100勝を達成した球場であり、奇しくも球歴の節目ごとに“縁”がある。日本球界復帰後は東京ドームでは未勝利であり、白星を挙げれば100勝を達成した試合以来、3346日振りとなる。

2016.9.10 坂本に先制ホームランを打たれた先発の黒田
力投する広島の先発・黒田 坂本 先制ホームラン 坂本に先制ホームランを打たれた先発の黒田

黒田が日米通算200勝達成した際、「今年は20年やってきた中でもベストのチームであり、そのチームメイトと優勝したい。」と宣言した夢を自らの力で叶えることが出来る時を迎えた。東京ドームは、バックネット裏から左翼外野席まで赤く埋め尽くされ、試合は18:00に開始された。黒田は初回に5試合ぶりに先発に復帰した坂本に、甲子園で藤川から打ったホームランの再現のような左翼席への2ランを浴びて先制を許した。百戦錬磨の黒田だが、表情は明らかに固く強張っているのが判る。昨シーズン、黒田がカープに復帰したドラマからこの試合に至る経過を辿れば、2位巨人を大きく引き離しているとは云え、必勝を期したやり直しの利かないマウンドとなった。

2016.9.10 鈴木 同点ホームラン(左)/松山 逆転ホームラン(右)
鈴木 同点ホームラン 松山 逆転ホームラン

3回表、先発 マイコラスに対し一死から1番 田中が四球で出塁すると、2番 菊池の痛烈な遊ゴロを坂本がファンブルし、ボールが中堅と右翼の間を転々とする間に一塁走者の田中が一気にホームへ滑り込んだ。1-2で迎えた4回は、先頭の5番 鈴木がマイコラスのカーブを完璧に捉え、左中間席へ飛び込む同点の25号ソロを浴びせた。場内の盛り上がりが収まらぬ中、続く6番 松山も初球の変化球を右中間スタンドへ運ぶ10号ホームランを浴びせ、僅か2球で3対2と逆転した。敵地ながらカープファンで赤く染まったスタンドの興奮は絶頂に達し、マウンド上のマイコラスは明らかに苛立っていた。

2016.9.10 黒田、安部への死球にマイコラスに向かって激昴
広島・黒田、安部への死球に怒りあらわ…新井もベンチ飛び出す

その直後、続く7番 安部への初球は報復とも取れるデッドボールとなり、ベンチ前でキャッチボールをしていた黒田はマイコラスに向かって両手を挙げながら激昴し、ベンチ奥から新井も加勢したが周囲が制止した。若手選手は圧倒されて呆然と見つめたが、黒田と新井の勝利への執念が感じられるシーンであった。続く5回、再び鈴木がマイコラスの変化球を捉え左翼席に飛び込む2打席連続となる26号2ランで、5-2とリードを広げた。黒田はその裏に1点を返され、6回も二死一、二塁のピンチを切り抜け3失点でマウンドを降りる際はファンからの黒田コールを一身に浴び、7回に代打を送られリリーフ陣に後を託した。

2016.9.10 カープ優勝が決定しマウンド付近に集まるカープナイン
広島カープ優勝シーン①広島カープ優勝シーン②広島カープ優勝シーン③

7回からは今村、ジャクソン、中崎の必勝パターンの投入となった。8回にジャクソンが1点を返されたが、9回、中崎が先頭 片岡、代打 重信を二者連続三振に抑えると、平静を保ったカープナインは一気にベンチ前に乗り出し、胴上げ準備態勢に入る。二死後に長野に安打を許すも亀井を遊ゴロに仕留め、新井がウイニングボールを掴み、6-4で勝利を収めると同時に優勝が決まった。黒田は優勝決定試合での史上最年長勝利投手となった。カープナインがマウンド付近に集まり笑顔で抱き合う中、黒田と新井が肩を震わせながら咽び泣き、固く抱き合う光景は感動を呼んだ。緒方監督の胴上げが始まり、東京ドームを赤く染めたスタンドのバンザイの掛け声を受けながら7度、宙を舞った。

2016.9.10 カープ優勝決定(左)シーン/抱き合う黒田と新井(右)
カープ優勝 優勝して抱き合う黒田と新井

2016.9.10 黒田の胴上げ(左)/新井の胴上げ(右)
黒田 胴上げ 新井 胴上げ

緒方監督胴上げの後、チームメイトに胴上げされた黒田は、帽子を目深に被って涙を隠すように顔を覆ったまま5度、宙を舞った。新井は「俺はいいよ」と拒みつつ輪の中心に押しやられると観念して黒田とは対照的に満面の笑みで両手を広げ胴上げに身を委ねた。昨年、共に8年振りにカープに復帰した2人の“カープで優勝したい”という想いが叶った歓喜の光景は、精神的支柱として共に背中で投打を牽引したシーズンを象徴しており、先制されたが逆転し、黒田の粘り強い投球と必勝パターンの投手リレーによる試合展開も演出を盛り上げ、嘗て味わったことのない感動の胴上げシーンとして深く印象に刻まれたのである。

2016.9.10 緒方監督優勝インタビュー
広島カープ優勝決定試合①緒方監督優勝インタビュー広島カープ優勝決定試合②

緒方監督への優勝インタビューでは「胴上げは最高に気持ち良かったです。」と笑顔で話した。この試合で今シーズン42回目の逆転勝ちで優勝を決めたことについて、「今シーズンの戦い方が今日も出来ました。本当に選手たちは1試合、1試合、力を付け頼もしい限りです。厳しい練習を乗り越えてよく頑張ってくれた。本当にありがとう。」と選手を称え、「広島や全国のカープファンの皆さん、本当に長い間お待たせしました。おめでとうございます!」とファンに感謝を示したあと、「クライマックスシリーズを勝ち上がって日本一を掴み取りましょう!」と力強い言葉で締め括った。

ベースを投げて判定に怒るブラウン監督(左)帽子を投げて判定に怒る野村監督(右)
ブラウン ノムケン

カープのセ・リーグ優勝を決めた試合を中継したNHK「プロ野球 巨人―広島」の地元・広島地区の平均視聴率が60.3%であった。広島地区の歴代平均視聴率では、カープがリーグ優勝を決めた1986年(昭和61年)10月12日のヤクルト-広島戦の63.5%(テレビ新広島)に次ぐ2位の記録となる。瞬間最高視聴率は、緒方監督、黒田、新井の胴上げと緒方監督の優勝インタビューの場面での71.0%であった。広島県の人口は約282万人(2016年8月1日現在)を鑑みれば、単純計算で県民の約200万人が歓喜の胴上げを目撃したことになる。中継の解説のカープOBの小早川は、「ブラウン監督が荒地を耕し、野村監督が種を撒き、緒方監督が花を咲かせた」と喩えて中継放送は締め括られた。

2016.9.10 田中・丸・鈴木・菊池
田中・丸・鈴木・菊池

2007年オフ 黒田 ドジャース移籍を表明(左)/新井 阪神移籍を表明(右)
大リーグ移籍を表明した会見でカープへの思いを聞かれ、涙を見せる黒田博樹ドジャース 黒田 新井貴浩、涙のFA宣言阪神タイガース時代の新井貴浩選手

前回優勝した1991年(平成3年)1~3番に定着した田中、菊池、丸の同級生トリオ“タナキクマル”は1989年※菊池は1990年3月(平成元年)生まれで2歳の赤ん坊だった。“神ってる”鈴木に至っては1994年(平成6年)生まれで、未だこの世に生を受けていない。一方、黒田は1997年(平成9年)に入団、新井は1999年(平成11年)に入団し、1989年から15年連続Bクラスという暗黒時代を過ごしてきた。そして2007年(平成19年)オフ、共にFA宣言をして黒田はドジャース、新井は阪神に移籍し、優勝を知らないままチームを去ることになる。

カープ殿堂入りメンバー 衣笠祥雄・古葉竹識・山本浩二・北別府学・津田恒実・大野豊・外木場義郎
衣笠祥雄古葉竹識山本浩二北別府学津田恒実大野豊外木場義郎

「太陽が西から昇ることはあってもカープが優勝することは絶対ない」と揶揄されながら、球団創設26年目の1975年(昭和50年)ルーツ監督退団後に古葉監督の下で悲願の初優勝を果たすと、1979年(昭和54年)1980年(昭和55年)1984年(昭和59年)、阿南監督に代わった1986年(昭和61年)、さらに山本監督が指揮を執った1991年(平成3年)と17年間で6度の優勝を重ね、3度の日本一に輝いた。現在、殿堂入りしているカープOBの競技者表彰はこの時期に活躍しており、衣笠(1996年)、古葉(1999年)、山本(2008年)、北別府津田(2012年)、大野外木場(2013年)の7名を輩出している。

2005年 最多勝の黒田と本塁打王の新井(左)/空席スタンドの旧広島市民球場でプレイする黒田と新井(右)
2005年最多勝の黒田と本塁打王の新井 カープ暗黒時代の黒田と新井

しかし、一時代を築いたカープは24シーズンも優勝から見放され迷走していく。大きな要因は1993年(平成5年)に同時導入された「FA(フリーエージェント)制度」と「ドラフト逆指名制度」(後年、自由獲得枠制度、希望入団枠制度と名称を変え、2006年を最後に廃止)にあった。観客動員が伸び悩んで資金力に乏しいカープには、FA制度は一方通行となる。権利を行使して出ていく選手は引き留められず、他球団から手を挙げた選手は獲得出来ない。豊富な資金力によって補強を続ける球団に対抗出来ない苦難の時代が続いた。しかし、ドラフト候補選手への裏金発覚の問題に伴って2007年に希望入団枠が廃止となり、従来の入札制度に戻って、少しずつ風向きが変わってきた。

2008.9.28 最後のセントラル・リーグ公式戦(通算3182試合目)での旧広島市民球場
旧広島市民球場

さらに2009年(平成21年)マツダスタジアム(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)開場が大きな転機となった。旧広島市民球場は開設後約50年以上経過して老朽化し、東広島駅貨物ヤード跡地(南区)の活用策として新球場建設が推進されたが、厳しい財政事情やディベロッパーの撤退などもあって建設計画は挫折した。現状を打破できない悪循環に陥る状況の中、近鉄球団の消滅に端を発した球界再編騒動で揺れた2004年(平成16年)球団存続に危機感を抱いた地元は、新球場建設を目指して樽募金を実施し、1億2600万円を集める熱意によって広島市を動かし、収容人数3万2000人の新市民球場建設に漕ぎ着けた。

マツダスタジアム(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)
MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島

総工費は90億円と格安(因みに甲子園リニューアル総工費は200億円)だが、米国のボールパークを参考にした遊び心溢れる新球場は、選手に優しい内外野総天然芝の美しさも人気を博し、初年度に前年比35%増の187万人の観衆を集めた。昨年は211万人と初の大台に乗せ、入場料収入は約54億円まで伸びた。今期は昨年を既に上回っており、記録を更新中である。新球場建設が観客動員を増加させて収益をもたらし、資金力が徐々に強化されて選手の補強にも好循環が生まれ、奇しくも球団初のFA獲得選手となる黒田のカープ復帰も実現したのである。

2015年オールスター戦に選出されたカープ選手 ※左から菊池・會澤・黒田・新井・丸
2015年オールスター戦に選出されたカープ選手

メジャーの高額オファーを蹴って帰国した黒田とメジャー挑戦を踏み止まったマエケンとの新旧エースの共演に“2015年こそ優勝”とカープファンの期待は高まり、マツダスタジアムの年間指定席は早々に完売した。阪神でポジションを失った新井も復帰したが、カープでは異例の一億円の高額で契約したグスマンの控えだった。しかし僅かなチャンスを活かしてレギュラーに定着し、ファン投票でオールスターゲーム選出(広島在籍中では初)を果たした。15年続いたBクラスを脱してクライマックスシリーズ進出を2度味わった後、悲願の優勝に向けて奇跡的に駒が揃う巡り合わせのドラマを感じ、このシーズンを逃せばカープは暫く優勝できない、とまで云われた。

2015.10.7 最終戦に敗れて3年振りのBクラス確定となり、悔しい想いでセレモニーを迎えた大瀬良・黒田・マエケン
大瀬良・黒田・前田

しかし、先発投手が踏ん張ったが中継ぎ抑えが安定できず、打線が奮わない試合が多くて、僅差の敗戦が目立った。投手継投、走塁判断にもミスが多く、最後まで上昇ムードに乗り切れなかったチームは、勝率5割に届きそうで突破出来ない展開を繰り返した。マツダスタジアム最終戦となる10月7日 5位の中日戦で勝利すれば、勝率5割に達し、クライマックスシリーズ進出が決定という妥協したハードルさえ果たせず、満員のマツダスタジアムは3年振りのBクラス確定という残酷な光景を目の当たりにして、2015年の悔しいペナントレースは幕を閉じた。オフには絶対的エースと称されたマエケンはドジャースへの移籍が決まり、もう暫くは優勝出来ないのかも知れないという虚しさに浸った。

2015.10.7 最終戦で敗れた緒方監督(左)/河田外野守備・走塁コーチと石井打撃コーチ(右)
マツダスタジアム最終戦で敗れた緒方監督 河田コーチ・石井コーチ

「戦う集団を作る。何が何でも優勝する。」と臨んだ緒方監督は、「無力なんだと感じた1年だった。」と省みた。厳しさは誤解を生み、闘志は空回りした。先発投手の無理な続投や送りバントの多用、リスキーな盗塁やエンドランの乱発などの采配ミスで接戦を落とした。守備・走塁担当だった石井コーチを打撃部門に配置転換し、13年間西武で指導者経験を積んだ河田外野守備・走塁コーチが古巣へ復帰した。石井コーチは三振を減らすことを主眼に秋季キャンプから基本である素振りを徹底させ、河田コーチは選手の個性を重視し、成功率の高い走塁の指導を徹底した。2人のコーチは、三振が減る⇒出塁率が高まる⇒盗塁が増える、という“意識革命”を目論んだ。

2016.4.26 新井 2000本安打達成(左)/チームメイトとの記念撮影
新井 2000本安打新井 2000本安打

2016.7.23 黒田 日米通算200勝達成(左)/チームメイトとの記念撮影
黒田 日米通算200勝黒田 日米通算200勝

そして翌2016年のシーズンを迎えた。黒田は、熟考の上で現役続行を発表し、新井は、慣れ親しんだ背番号25を再び着用した。黒田は日米通算200勝、新井は2000本安打と300本塁打を目前に控えており、個人記録を求める二人ではないが、目標として掲げることでモチベーションになると発言した。まずは新井が4月26日 神宮球場でのヤクルト戦で自身も“まさか達成できるとは”と思った2000本安打を達成し、黒田は7月23日 マツダスタジアムでの阪神戦で通算200勝を達成し、嘗てヤンキースで同僚だったマーリンズのイチローから「日米合算なんて俺は認めない。」と自身がピート・ローズから受けた批判を引用した祝福コメントが寄せられた。

CARP2016.jpg


黒田、新井の記録達成へのモチベーションは周囲もファンも共有し、次第にチームがひとつに纏まっていった。カープナインの明るさと活気が漲る雰囲気は、やがて勝負強さや劣勢でも諦めない粘りに繋がっていった。不動の上位打線、田中、菊池、丸が塁を賑わせ、鈴木は覚醒して驚異的な勝負強さを発揮し、新加入のルナは確実性、エルドレッドは長打力で貢献した。マエケンの穴が懸念された投手陣は、昨季5勝だった野村が5月下旬からは8連勝し、ジョンソンと競いながら勝ち星を重ね、開幕当初は不安定だった救援陣もヘーゲンズ、ジャクソン、中崎がゲームを締める“必勝パターン”を確立した。中盤以降の得点が多くなり、投打が噛み合って、勝利の半数以上が逆転勝ちとなる“逆転のカープ”が形成された。一軍メンバーのみならず、二軍では優勝争いに加わるための準備を怠らない雰囲気が漂い、正に理想的な“全員野球”の体制が築かれていった。

湯崎知事(左)から県民栄誉賞を贈られた黒田と新井
湯崎英彦知事(左)から県民栄誉賞を贈られた黒田博樹と新井貴浩

今季成し遂げた黒田の日米通算200勝と新井の通算2000安打の偉業を称えて、広島県から県民栄誉賞が贈られた。9月22日 マツダスタジアムでの試合前の県民栄誉賞の顕彰式に臨み、黒田は「2人で帰ってきて優勝し、さらにこういう賞を受賞して嬉しく思う。」と述べ、新井も「生まれも育ちも広島だし、こういう賞を貰えて感謝したい。黒田さんとの縁を感じるし、記念の1年になった」と喜びを語った。

黒田と新井「カープの魂」

録画した優勝決定の試合は何度も繰り返し観ているが、同時期にカープを去り戻ってきた盟友同志の黒田と新井が抱き合うシーンを数年前に誰が想像できただろうか。長い間カープファンが儚い夢を描いた都合の良い空想でも思いつかないドラマは、2015年の悔しいシーズンとの連動で成り立っており、2016年の優勝の歓びを企画・演出する上で必要不可欠なのである。苦しい時代を支えたエースと4番打者の歓喜に咽ぶ光景が、若い選手たちによるカープの黄金時代を再来させる糧となることを期待している。

優勝セレモニー

カープの優勝までの道程には、人を惹きつけるストーリー性がある。原爆で70年間は草木も生えないと云われた広島市民の復興への熱意は市民球団を誕生させ、資金難を市民の樽募金で凌ぎ、FA導入やドラフト制度の改変の煽りを受けて弱体化したが、それにも打ち拉がれず、優秀なスカウトたちは、全国、全米から原石を見つけ出し磨き上げていった。他球団では考えも及ばない多くのハンディを克服してきたカープには、球団とファンで掴みとった尊い想いが込められた歴史とアイデンティティがあり、MLBが確立した地域密着型のフランチャイズ制に習うプロスポーツチームのあるべき姿なのではないだろうか。

優勝ペナント記念写真
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Comments
優勝おめでとうございます 
優勝おめでとうございます
    ”G”以外が優勝すると本当にうれしいです

こんな”スポーツ音痴”の私でも、楽天の時は嬉しかった。
 
Re: 優勝おめでとうございます 
KIMさん、毎度です。

再度の祝福のコメント、重ね重ね御礼申し上げます。

25年も待った悲願の優勝ですが、その間の歳月は
一通りの人生の経過(来年 銀婚式)に相当します。

カープは私の人生そのものなのかも知れません。

今回の記事は、自己満足的な発想なのですが、
必ず記録に残しておかなければならない想いが
ありました。
 


 
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広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
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