3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

至福の播磨国探訪記(姫路城・好古園編)

Edit Category 3Dカメラ
旧年中は当ブログへご訪問戴きましてありがとうございました。本年も宜しくお願い申し上げます。
king_mt021.gif

昨年の3月に兵庫県赤穂市を訪れた際に食べた牡蠣の味が忘れられなく、次回赤穂を訪れるときには赤穂温泉に一泊して心行くまで牡蠣を食べようと心に誓った。その際は、平成の大修理が完了して美しい姿が再現された世界遺産の「姫路城」を訪れてから赤穂入りするよう計画を立てることにした。姫路城は週末では著しく混雑することも予測し、12月11日(金)に有給休暇を取得し、その日に大阪~姫路~赤穂というスケジュールで宿泊予約することにした。

播磨国マップ
播磨国

一週間前ぐらいから待ち遠しく感じられたが、当日の天気は、降水確率80%近い予報であった。元々12月に雨が降る日は珍しいのだが、この日に照準を定めたように天気が崩れる確立が高く、最悪の場合、雨の中で露天風呂に入ることなど想像したくも無かったが、天気予報によれば回復の兆しが無さそうだ。辛うじて翌12月12日には曇りとの予測に変化してきたので、写真撮影を意識して、姫路城は多少混雑しても翌日に訪れた方が無難かも知れないとの考えが湧いてきたのである。

姫路アクセス

姫路アクセス

しかし当日直前に知ったのだが、奇しくも12月11日は、姫路城の世界遺産登録記念日として、姫路城のみならず、好古園姫路市立動物園姫路市立美術館(常設展のみ)、姫路文学館(常設展のみ ※平成28年8月まで休館中)の入場料が無料になることが判り、当初の計画通り12月11日に姫路城を訪れることにした。後々この判断が大きな分岐点となったことはこの時点で知る由もない。前日の夜から降り出した雨は当日の大阪は雨が止んでいたが、いつ降り出してもいいような雨雲に覆われ、不安を抱えた状態で姫路に到着した。

(交差法)
姫路 大手町通り①(交差法)
(平行法)
姫路 大手町通り①(平行法)

(交差法)
姫路 大手町通り 中之門跡石垣(交差法)
(平行法)
姫路 大手町通り 中之門跡石垣(平行法)

(交差法)
姫路城前横断歩道(交差法)
(平行法)
姫路城前横断歩道(平行法)

JR新快速電車で午前中に姫路駅に到着したときは、空が怪しげな色の雲に覆われ、所々で傘をさす人もいる。姫路駅から姫路城まで大手町通りを直進する途中でも小雨を感じるような不安定な天気である。途中、中堀を埋め立てて東西を繋ぐ国道2号線に沿って北側に今も土塁が残る中之門跡の石垣がある。遠くに見える姫路城が近づくごとに少しずつ気分も盛り上がっていく。大手町通りが内堀に面した道路に到達すると、既に大勢の観光客で賑わっていた。天気は不安定だが、この場所から天守閣が見えるのだから、見学や撮影も何とかなるだろうと少し安堵した。

(交差法)
姫路城桜門橋からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城桜門橋からの天守閣(平行法)

姫路城は外堀、中堀、内堀の3つのお堀が左回りの螺旋状に城郭全体を囲んでおり、内堀より内側は内曲輪(うちくるわ)と称された。内堀に架かる桜門橋は、往時は木橋であったが、2007年(平成19年)発掘調査で出土した遺構を活かしながら、江戸時代の木橋をイメージしたコンクリート造りの橋を復元した。

(交差法)
姫路城大手門①(交差法)
(平行法)
姫路城大手門①(平行法)

橋を渡ったところに堂々たる威容を誇る大手門(桜門)は門の扉を内側に開けたときに扉を雨から守るための控屋根を両側に取り付けた高麗門という形式の門で、城門の種類としては櫓門とともにもっともポピュラーな形式の門である。現在の大手門は意外に新しく、1938年(昭和13年)に建築されたものである。

姫路城俯瞰図

姫路城俯瞰図

国宝の姫路城は1993年(平成5年12月)奈良の法隆寺とともに、日本で初のユネスコの世界文化遺産にその名が登録され、連立式の天守閣群とその渡櫓は国宝に指定され、その他周辺の化粧櫓など多くの建物が重要文化財に指定され、「国宝五城」や「三名城」、「三大平山城・三大連立式平山城」の一つにも数えられている。姫山に建つ天守と鷺山の西の丸との全景が、白鷺が羽を広げて舞う姿に喩えられる外観から別名を白鷺城(はくろじょう)とも称される。

(交差法)
姫路城三の丸広場①(交差法)
(平行法)
姫路城三の丸広場①(平行法)

(交差法)
姫路城三の丸広場②(交差法)
(平行法)
姫路城三の丸広場②(平行法)

「世界遺産姫路城」の石碑ある場所は三の丸跡のある三の丸広場である。ここは江戸時代には城主の居館や政庁が置かれていた所で、本多忠刻と千姫の下屋敷武蔵野御殿があった所でもある。しかし明治の初め、兵舎設営のため建物はすべて取り壊され、現在では芝生の三の丸広場となり、春の観桜会、夏の薪能、秋の観月の夕べなどの催しが行なわれている。城主の居館跡は千姫ぼたん園となっており、葉桜の季節になると大輪の花が咲き競う。

(交差法)
姫路城入城口(交差法)
(平行法)
姫路城入城口(平行法)

入城口では「姫路城 祝 来城者222万人突破」の看板に紅白の幕が張られていたが、これは2015年度の入城者数が2日前の12月9日、222万人を突破し、過去最多の熊本城が2008年度に記録した221万9517人を超えて、日本の城郭の年間入城者数で過去最多記録を祝したものである。

(交差法)
姫路城菱の門①(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門①(平行法)

(交差法)
姫路城菱の門②(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門②(平行法)

菱の門断面
姫路城菱の門断面

入城口を通ると二の丸の入口を固めた菱の門がある。菱の門は三の丸から二の丸に至る門で、門全体に安土桃山時代の様式が残された桁行10間、梁間4間の大きさを誇る城内で最も大きな門である。両柱の上の冠木に木彫りの菱の紋のあることで名付けられた。禅宗寺院などに使われる華灯窓が城郭に使われるのは珍しく、重要文化財に指定されている。

(交差法)
姫路城三国堀①(交差法)
(平行法)
姫路城三国堀①(平行法)

(交差法)
姫路城三国堀②(交差法)
(平行法)
姫路城三国堀②(平行法)

菱の門の前には三国堀と呼ばれる捨濠が掘られている。この濠によって通路を狭め、攻め込んできた敵兵を追い詰めて討ち取りやすくしたものである。三国掘は、姫路城が位置する姫山と鷺山の2つの山の谷部に設けられた堀で、防衛及び溜池という2つの機能を有しており、二の丸の本道と間道の要所をおさえる重要な位置にある。

(交差法)
姫路城ろの門西南方土塀からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城ろの門西南方土塀からの天守閣(平行法)

(交差法)
姫路城はの門南方土塀①(交差法)
(平行法)
姫路城はの門南方土塀①(平行法)

二の丸には菱の門をはじめ複数の門が巧みに配置され、道も曲折して敵方が侵入しにくいように造られている。侵入してきた敵を狭い扇の勾配通路や小さく区画された部分に追い込むなど、城兵が戦い易いように工夫して設計されている。白壁に開けられた鉄砲・矢狭間は、実用性よりも装飾性が強く、「○△□」の窓が白壁面に整然として並び、城としてしての美的なアクセントとなっている。

(交差法)
姫路城はの門南方土塀②(交差法)
(平行法)
姫路城はの門南方土塀②(平行法)

「は」の門へといたる石畳の坂道。奥に見えるのが大天守と西小天守。天守にいたる道は迷路のように複雑で狭く、大軍が容易に攻め上れないように計画され、通路の壁の随所に施された鉄砲・矢狭間から激しい攻撃に遭うことになる。「は」の門に至る坂道は、ここから眺める天守の姿も美しく、鉄砲狭間とともに絵になるような風景である。松平健主演のテレビ映画「暴れん坊将軍」シリーズなどの時代劇のロケ地としてよく使われ“将軍坂”と呼ばれている。

(交差法)
姫路城にの門への道(交差法)
(平行法)
姫路城にの門への道(平行法)

(交差法)
姫路城乾小天守①(交差法)
(平行法)
姫路城乾小天守①(平行法)

姫路城にの門
姫路城にの門

「に」の門(重要文化財)から「ほ」の門(重要文化財)を通って姫路城本丸に入ると袋小路へ誘い込んだり、「に」の門を潜ろうとすると低い天井の板を突き破って槍の雨が降る仕掛けが施されている。姫路城本丸の入口にあたる「ほ」の門は頭を打ち付けるような低さで、万一の場合には埋めやすくなっている。「ほ」の門から水の一門、水の二門、水の三門(ともに重要文化財)を潜って天守に進む。

(交差法)
姫路城ほの門(交差法)
(平行法)
姫路城ほの門(平行法)

(交差法)
姫路城二の丸からの西小天守・大天守①(交差法)
(平行法)
姫路城二の丸からの西小天守・大天守①(平行法)

(交差法)
姫路城二の丸からの大天守②(交差法)
(平行法)
姫路城二の丸からの大天守②(平行法)

水の一門、水の二門、水の三門と次第に下り坂となっている。このため、「ほ」の門を突破して本丸に入った敵兵は、天守へは登って行くものという先入観があるため、下りの水の門は天守に続くとは思わず、城兵が待ち構えている腰曲輪の方へ誘う仕掛けになっている。水の門を潜ったとしても、狭い場所なので混乱し、その間に西小天守や乾小天守から攻撃される狙いが水の門である。


(交差法)
姫路城水の五門からの西小天守・大天守(交差法)
(平行法)
姫路城水の五門からの西小天守・大天守(平行法)

(交差法)
姫路城ニの渡櫓からの大手町通り(交差法)
(平行法)
姫路城ニの渡櫓からの大手町通り(平行法)

水ノ五門は特殊な形をしており、櫓部分は実は大天守と西小天守を繋ぐ二階建ての渡櫓で、渡櫓の階下部分に門を設けた、とも云える。4つの大小天守が4つの渡櫓でロの字型に繋がる内庭部分に入り込む門なので城内でも最も重要な箇所を守る門とも云える。門の柱、冠木、扉などすべてのパーツは全面鉄板で覆われ、また上部の櫓の窓は二層とも鉄格子がある。櫓正面には隠し狭間が計6個設けられている。窓からは姫路駅と大手門通りが見え、南側に面していることが判る。

(交差法)
姫路城大天守からの北腰曲輪イの渡櫓(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの北腰曲輪イの渡櫓(平行法)

(交差法)
姫路城大天守からの北腰曲輪ホの渡櫓(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの北腰曲輪ホの渡櫓(平行法)

(交差法)
姫路城大天守 復元模型(交差法)
(平行法)
姫路城大天守 復元模型(平行法)
(平行法)
姫路城大天守断面
姫路城大天守断面

大天守(国宝)は外観は五層だが、地下一階、地上六階の巨大な木造建築である。一階は165坪もあり、姫路藩主ゆかりの書画や遺品が展示されている。二階では家紋瓦や花押を通じて江戸時代歴代の姫路藩主を偲ぶことができる。三階では地階から六階床下まで突き上げる根元直径95cmという東大柱と西大柱の巨大な心柱に目を奪われる。三階から四階へは長い階段が続き、窓などの開口部から城外の敵を攻撃する石打棚が設けられている。五階は狭くてうす暗いが、最上階の六階に上がると360度の素晴らしい展望が楽しめる。最上階には姫路城の守護神を祀る長壁(おさかべ)神社がある。天守に神社があるのは姫路城だけである。

(交差法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫①(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫①(平行法)

(交差法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫②(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫②(平行法)

(交差法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫③(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫③(平行法)

高さ約30mの大天守最上階から姫路城東側の眺望の中で一際目を引くレンガ造りの建物は、姫路市立美術館である。元々、城郭の一角に造られた旧陸軍第十師団兵器庫で、1905年(明治38年)の建造物は、国登録有形文化財に指定されている。大天守を上り始めた頃に雨が降っていたが、最上階に到達した頃には雨は止み、遠くの山の靄が幻想的な眺望を演出している。

(交差法)
姫路城乾小天守②(交差法)
(平行法)
姫路城乾小天守②(平行法)

姫路城連立式天守配置
姫路城天守配置

大天守(国宝)に隣接して東小天守(国宝)、乾小天守(国宝)、西小天守(国宝)がある連立式天守の中でも見事なのは乾小天守。3つの小天守の中では一番大きく、外観は三層だが内部は地下一階、地上四階となっている。西小天守は大天守に敵に襲われたときに迎え撃つ最後の地点とされている。これら3つの小天守と大天守はイ・ロ・ハ・ニの4つの渡櫓(すべて国宝)で結ばれ、順路に沿って進むと、昭和の解体修理中に発見された貴重な品々が展示されている。

姫路城の鯱瓦と明治・昭和・平成時代の鯱瓦比較
鯱瓦 姫路城 明治・昭和・平成時代の鯱瓦

乾小天守は、三小天守の1つで天守台の西北隅(乾の方角)に位置している。他に「東」「西」小天守があり、三つの小天守の中では一番大きく、外観3層・内部は地下1階・地上4階の造りになっている。大天守は、天守台の東南隅に位置し、外観5重・内部は地下1階・地上6階の造りになっていて、最上階の大棟両端には阿吽(あうん)一対の大鯱瓦(しゃちがわら)を飾っている。外観は千鳥破風(ちどりはふ)・大千鳥破風・唐破風(からはふ)を組み合わせ、調和のとれた非常に美しい建物になっている。

(交差法)
姫路城備前丸からの西小天守・大天守②(交差法)
(平行法)
姫路城備前丸からの西小天守・大天守②(平行法)

(交差法)
姫路城備前丸からの大天守①(交差法)
(平行法)
姫路城備前丸からの大天守①(平行法)

備前丸から見上げる天守群の姿は、三国堀から眺める女性的な優美さとは異なり、見上げた風貌が男性的な勇姿に映ることが不思議に感じられる。備前丸は池田輝政が姫路城を築城した際に居館を建て、藩主と家族は実際に住んでいた。備前丸という呼称名は池田家時代にはなく、次の本多家時代以降の名付けとされ、播磨・淡路・備前三国に君臨した西国将軍池田輝政を偲んだ名称と推察されている。

(交差法)
姫路城備前門からの大天守(交差法)
(平行法)
姫路城備前門からの大天守(平行法)

(交差法)
姫路城帯の櫓付近からの太鼓櫓(交差法)
(平行法)
姫路城帯の櫓付近からの太鼓櫓(平行法)

(交差法)
姫路城帯の櫓(交差法)
(平行法)
姫路城帯の櫓(平行法)

(交差法)
姫路城太鼓櫓(交差法)
(平行法)
姫路城太鼓櫓(平行法)

備前門を潜った場所にある帯の櫓の石垣は城内で一番高く、その高さは垂直方向に約23mあり、その石垣の上に、物見櫓と数寄屋風建物を続けて一つにまとめられて造られている。古い部分の外面はもちろん、数寄屋造りの部分でも城外に面する東面と南面は大壁造りで格子窓と狭間を開く戦いの顔を持っている。櫓の内部には、湯気抜きの簀子(すのこ)などがあるので、茶の席に使われたのではないかと云われている。

(交差法)
姫路城上山里(交差法)
(平行法)
姫路城上山里(平行法)

(交差法)
姫路城上山里 お菊井戸 天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城上山里 お菊井戸 天守閣(平行法)

(交差法)
姫路城上山里 お菊井戸①(交差法)
(平行法)
姫路城上山里 お菊井戸①(平行法)

(交差法)
姫路城上山里 お菊井戸②(交差法)
(平行法)
姫路城上山里 お菊井戸②(平行法)

(交差法)
姫路城上山里 お菊井戸③(交差法)
(平行法)
姫路城上山里 お菊井戸③(平行法)

「新形三十六怪撰 皿やしき於菊乃霊」月岡芳年画 1890年作品/「番町 皿屋敷お菊と播磨」1954年作品/「怪談 番町皿屋敷」 1957年作品
「新形三十六怪撰 皿やしき於菊乃霊」(月岡芳年画 1890年) 「番町 皿屋敷お菊と播磨」1954年作品 「怪談 番町皿屋敷」 1957年作品

城主が寛ぐ休息の空間、風雅を楽しむ空間を山里丸と称し、秀吉時代の曲輪の名称を残す渡り櫓と塀で囲まれた山上里という広場がある。元は釣瓶取井戸(つるべとりいど)と称していたが、今では播州皿屋敷のお菊が責められて投げ込まれたと伝わるお菊井戸として案内板が立っている。皿屋敷の怪談は、東京では番町皿屋敷として伝承され、播州地方でも江戸時代から語り継がれてきた話として映画化された。因みに当時の城の東側、現在の兵庫県立姫路東高校の敷地の付近にあった井戸が、その舞台とされている。

姫路城鳥瞰図(明治初期)

姫路城鳥瞰図(明治初期)

姫路城は、白漆喰総塗籠造りの鮮やかな白の城壁が特徴で、現在の大天守は、1609年(慶長14年)に建築され、築城以来400年、姫山の頂にそびえる姫路城は播磨国の象徴でありつづけるとともに、世界に誇る日本の城郭の造形美と賞賛される。標高46mの姫山とその西側にある鷺山を中心とする平地の中の小高い丘の上に石垣を積み上げて、天守や櫓を築いた平山城で、天守の北側を起点に、左回りに螺旋型の3重の濠で城と周囲の城下町を取り囲む総構えの城郭構造として木造建築の高度な技の粋を極めた。

姫路城西の丸櫓群と長局(百間廊下)

姫路城西の丸櫓群と長局(百間廊下)

城内にある明治初期の俯瞰図の看板を通り過ぎて左折すると、緩い上り階段が西の丸への入口となる。本丸、二の丸などの天守群が建つ場所は姫山の小高い丘の山頂に対して、西の丸は鷺山の丘を削って整地した場所にある。現在の西の丸が秀吉時代、輝政時代にどのような姿であったかは確かな記録が残っていないので明確ではないが、昭和の修理の際に地下から古い石垣の遺構などが出てきたことから、本多忠政がここを整備する以前から何らかのお城の構造物があったことは間違いない。

(交差法)
姫路城菱の門付近からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門付近からの天守閣(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣②(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣③(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣③(平行法)

(交差法)
姫路城菱の門西側・西の丸南門跡(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門西側・西の丸南門跡(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣①(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣①(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣②(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣③(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣③(平行法)

西の丸は江戸時代初期、本多忠政が嫡男・忠刻と千姫夫妻(家康の孫娘で、豊臣秀頼の元妻)が暮らすために造られたもの。姫路城の西側の防衛機能を強化する狙いもあったと云う。1618年(元和4年)年築の西の丸長局(百間廊下)は国指定重要文化財い指定されている。300mもの廊下に部屋が並んでおり、千姫に仕えた侍女たちが住んだ。櫓の名前は細かく書くと、手前から「ヨ」の渡櫓、「ヌ」の櫓、化粧櫓と称する。

(交差法)
姫路城西の丸ワの櫓(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸ワの櫓(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣①(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣①(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓内部①(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓内部①(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣②(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型①(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型①(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型②(平行法)

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城セット(上)姫路城イメージ(左下)/姫路城設定(右下)
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城セット
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城イメージ NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城設定

西の丸櫓群の展示では、姫路城の歴史を歴代の城主ごとに築城から改築・改修、現在に至る建築構造などの変化や、城主それぞれの家紋を施した瓦などの資料や解説で辿っている。展示品の中には、NHK大河ドラマ用のセット製作で推定復元された黒田官兵衛時代の姫路城模型があった。1575年(天正3年)夏、官兵衛は主君・小寺政職をはじめ重臣たちを説き、織田信長の傘下に入り、1577年(天正5年)信長は羽柴秀吉に中国地方の平定を命じる。官兵衛は秀吉に対し、姫路城を拠点にするよう勧め、秀吉に姫路城を譲った。

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 現在の姫路城と秀吉時代の姫路城(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 現在の姫路城と秀吉時代の姫路城(平行法)

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の秀吉時代の姫路城
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の秀吉時代の姫路城

黒田孝高(官兵衛)/羽柴秀吉(豊臣秀吉)/池田輝政
1567年(永禄10年)姫路城主 黒田孝高(官兵衛) 1580年(天正8年)姫路城主 羽柴秀吉(豊臣秀吉) 1600年(慶長5年)姫路城主 池田輝政

姫路城に入った秀吉は、1581年(天正9年)にかけて姫路城の大改修を行い、山陽道で初めて天守閣のある城を築城した。姫路城主であった1582年(天正10年)6月2日本能寺の変の報を聞いた秀吉は有名な「中国大返し」で急遽姫路城に戻り、明智光秀の討伐により一気に天下人へと昇りつめた。出世の足掛かりとして秀吉の「出世城」とも呼ばれる。関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政により、現在見られる大規模な城郭へとさらに拡張された。現在の姫路城大天守と秀吉姫路城の復元模型での比較展示があった。

化粧櫓断面
姫路城西の丸化粧櫓断面

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓内部②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓内部②(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣③(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣③(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫奉納羽子板(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫奉納羽子板(平行法)

千姫姿絵
千姫姿絵


長局(ながつぼね)は百間廊下と呼ばれ、千姫に仕えた侍女たちが居住していた局である。総延長300mある百間廊下の最後に化粧櫓(重要文化財)に至る。西の丸の長局に来て男山の天満宮を拝んだ千姫がこの櫓を休憩所とした場所は、平成の大天守修理に関わって特別公開された。部屋の奥には弘経寺(茨城県水海道市)所蔵の「千姫姿絵」をもとに再現された千姫と娘・勝姫の人形が展示されている。百人一首を楽しんでいる情景に煙草盆があり、煙草を嗜んだことが分かる。千姫天満宮で保存されている千姫が奉納した『源氏物語』を主題にした金彩の豪華な蒔絵が施された羽子板が展示されていた。

江戸中期の姫路城内郭
江戸中期の姫路城内郭

城の要塞としての機能性は、縄張り(設計、構成、仕組み)の出来で決まると云われ、現在の姫路城は、内濠に架かる橋を渡った内側となる内曲輪である。本来の姫路城の縄張りは、本丸のある姫山の麓を起点に、左回りの大きな螺旋を描いて内濠、中濠、外濠の線が3重になっており、それぞれ城郭のそびえる内曲輪、武家屋敷の並ぶ中曲輪、組屋敷や町屋などの城下町が並ぶ外曲輪に分かれた複雑巧妙なものであった。濠の総延長は11.5km、外濠で囲まれた城下町の面積は187haもあり、江戸城と姫路城にしか類例のない形式である。

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣④(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣④(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣①(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣①(平行法)

(交差法)
姫路城太鼓櫓・大天守(交差法)
(平行法)
姫路城太鼓櫓・大天守(平行法)

(交差法)
姫路城大手門②(交差法)
(平行法)
姫路城大手門②(平行法)

(交差法)
姫路城桜門橋・大手門(交差法)
(平行法)
姫路城桜門橋・大手門(平行法)

姫路城400年の歴史の中で、一度も外敵と戦闘を行なわなかったので“不戦の城”とも称される。昭和になって姫路城は国宝保存法により国宝に指定され、1935年(昭和10年)から昭和の修理工事に着手。太平洋戦争時には、白い城は目立つとしてカモフラージュ用の網が被せられ、姫路は2度の空襲で焼け野原になったが、天守最上階に落ちた焼夷弾が不発弾となるなど姫路城は奇跡的に戦火を免れたことから現在に至るまで大天守をはじめ多くの城郭建築の姿を残している。江戸時代から現存している僅か12城天守閣の一つである。天守や櫓、門などをはじめとする内曲輪の城郭建築がほぼ建築当初のままの完全な状態で残されており、他に類例のない遺構も多く、極めて貴重な文化遺産となっている。

修理前と後の姫路城天守(左)/天守閣工事風景(右)
修理前と後の姫路城天守 姫路城 天守閣工事

終戦後、その修理が再開され、1956年(昭和31年)から天守閣群の解体復元工事「昭和の大修理」が8年の歳月をかけて行われた。これにより生まれかわった姫路城は、1993年(平成5年)に世界遺産にも登録されたことから、今後も修理を重ねながら将来に亘り現在の姿を残していくため、築城から400年目となる2009年から5年余りの歳月をかけて大規模な改修工事が行われた。壁の塗り替えと屋根のふき直しを目的に、大天守を閉鎖して総工費は24億円。腕を振るった職人は延べ1万5000人以上を数えるという「大修理」工事を行った。

(交差法)
姫路城内塀からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城内塀からの天守閣(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関(平行法)

姫路城を堪能した後は内堀沿い東側にある姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」を訪れた。この場所も前述通り、姫路城の世界遺産登録記念日として、当日は入場料が無料であった。好古園は発掘調査で確認された武家屋敷跡などの遺構を活かして、市制100周年を記念して文化財の保全と活用を兼ねた新しい文化の場として1992年(平成4年)に造営された池泉回遊式の日本庭園である。

姫路城西御屋敷跡庭園 好古園案内図

姫路城西御屋敷跡庭園 好古園MAP

姫路城の南西に位置し、姫路城の南西、大手門の近くにあり、総面積は約1万坪にも及ぶ。滝や池のある池泉回遊式の「御屋敷の庭」を中心に、数寄屋造りの茶室のある「茶の庭」のほか、「苗の庭」、「流れの平庭」、「夏木の庭」、「花の庭」、「松の庭」、「築山池泉の庭」、「竹の庭」といった個性的な9つの庭園から構成されている。

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 屋敷門(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 屋敷門(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭④(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭④(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 活水軒(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 活水軒(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 渡り廊下(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 渡り廊下(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑦(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑦(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 潮音斎「藍華綴り展」(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 潮音斎「藍華綴り展」(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑧(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑧(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑨(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑨(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑩(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑩(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑪(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑪(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑫(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑫(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑭(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑭(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑬(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑬(平行法)

整備に先立つ7次にわたる発掘調査で、元和4年(1618)に本多忠政が造営した西御屋敷や武家屋敷、通路跡等の遺構が確認され、酒井家時代の「姫路侍屋敷図」に記されたものと略合致した。庭園の計画は、京都大学教授中村一氏の設計監修を受けたものであり、確認された屋敷割や通路の地割を活かした9つの大小庭園群及びアプローチ樹林帯・広場で構成される。また庭園内には、築地塀・屋敷門・長屋門や渡り廊下で結んだ「活水軒」「潮音斎」をはじめ、裏千家第十五代家元千宗室氏の設計・監修による本格的数寄屋建築の茶室「双樹庵」を配している。

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭④(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭④(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵③(平行法)

この庭園は池や水の流れで結ばれた池泉回遊式庭園だが、最大の特徴は世界遺産・国宝姫路城を借景としていることである。姫路城西の丸一帯の豊かな原始林を借景とした庭園は、歴史と自然が調和した優美な景観を創り上げている。「好古園」の愛称は、藩校「好古堂」に因んで命名された。江戸時代最後の姫路藩主であった酒井家は、前任地上野国厩橋(群馬県前橋市)において1692年(元禄5年)に藩校「好古堂」を開校した。1749年(寛延2年)酒井忠恭が姫路藩へ移封されたとき、藩校も姫路城内大名町東南総社門内の元藩会所跡に移設された。

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑦(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑦(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑧(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑧(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑨(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑨(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑩(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑩(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築地塀(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築地塀(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭④(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭④(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑦(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑦(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関~屋敷門への通路の猫(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関~屋敷門への通路の猫(平行法)

「るろうに剣心」2012年作品(左)/好古園ロケ(右)
「るろうに剣心」2012年作品 「るろうに剣心」好古園ロケ

「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」2012年作品(左)/好古園ロケ(右)
「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」2012年作品 「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」好古園ロケ

85種1万本の樹木と四季折々の花、水の流れが美しく、園内ではレストランでの食事や茶室で呈茶(有料/お菓子付)のサービスを受けることができる。江戸時代を偲ばせる築地塀や屋敷門・長屋門、渡り廊下で結ばれた活水軒と潮音斎の佇まいが特別史跡地に相応しい歴史的景観を創り出し、時代劇や大河ドラマのロケ地としても使われており、記憶に新しいところでは、「るろうに剣心」や「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」の撮影に使われている。

(交差法)
姫路城と人力車(交差法)
(平行法)
姫路城と人力車(平行法)

(交差法)
姫路 大手町通り②(交差法)
(平行法)
姫路 大手町通り②(平行法)

姫路城大天守保存修理完成記念 航空自衛隊ブルーインパルス 祝賀飛行(2015年3月26日)
Blue Impulse


雨はすっかり止み、予定通りの時間でゆっくりと姫路城と好古園を満喫できた。僅か12城しかない現存天守に入城するのは今回初めての経験であったが、迷路が巡り、急勾配の階段や屈んでしか通れないよう低く設定された門などにより、想像以上に進み難いことを実感できた。午後からは天気も落ち着いたので人出も増え、大天守内が混雑したこともあり、少々息苦しくて汗も滲んできた。姫路城は天守群から少し離れた西の丸からの眺望がベストと感じられた。好古園では今まで訪れた庭園では味わえなかった心に沁みる和の空間を堪能し疲れを癒す清涼剤となった。これが無料だなんてラッキー過ぎて観光利益に貢献できず、姫路市民に申し訳なく感じられた。

姫路城・好古園


午後3時過ぎに姫路から宿泊地である播州赤穂へ向かうため、大手門通りを戻り姫路駅に到着すると駅構内は騒然としていた。切符の自動販売機は使用不可となっており、駅員を囲むようにして大勢の人が足止め状態にあった。何があったのかは判り得ないが、対応する駅員自身も詳細を把握していない様子で、次々と浴びせられる質問には「情報が判り次第、お知らせします」と繰り返すだけだ。果たして播州赤穂まで辿り着けるかどうかも判らない状況のようである。一体、どうなるのだろう・・・・・。

「至福の播磨国探訪記(赤穂温泉・明石海峡大橋編)」に続く
~ To be continued ~
関連記事
スポンサーサイト

Newer Entry至福の播磨国探訪記(赤穂温泉・明石海峡大橋編)

Older Entry中之島リバーサイドレビュー

Comments
 
新年明けましてオメデトウ御座います
今年も宜しくね
雪が無いっていいな
羨ましいです。
 
Re: タイトルなし 
みゆきんさん、明けましておめでとうございます!

確かに雪を見ていないことにまったく違和感を
抱かない日々を過ごしてます。

東京でも大阪でも雪が積もると交通に影響があり
雪が積もる生活は何かと大変だと推察します。

写真が多すぎて一泊二日の旅行を前後編で記事に
することにしました。

しかも昨夜から朝方まで整理して、新年早々、
何をしていることやら.......。

今年も宜しくお願いします _(._.)_
 
ブログ拝見しました 
明けましておめでとうございます、今年もよろしくおねがいします

ブログ拝見しました

姫路城の守護神が城にあるのが驚き!!!

皿屋敷の怪談が姫路市・・・てっきり東京かと思ってました
城から望む姫路市素晴らしいです

取材が12月11日・・・で”紅葉”・・・いいなあ〜
コチラは"時々”氷の世界ですよ・・・。
 
Re: ブログ拝見しました 
KIMさん、明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

関西の今年の冬は暖かく、コートが暑く感じる
日もあります。

例年、雪が積もる日も極めて少ないのですが
それでもこの時期の紅葉には少々驚きました。

今年の秋は紅葉狩りに出掛けなかったので
入場無料とともに”嬉しい誤算”でした。

写真が多すぎたため、前後編として勿体ぶって
しまいましたが、後編のアップはまだまだ先に
なりそうです。

いつもいつも駄文にお付き合い戴き深謝です。
 


 
08 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

07 09


 
 
Profile

MOTO

Author:MOTO
広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
Live


 
   


CURRENT MOON

    
 
News



 
Maxim


 
Banner


 ご !!
足あと残していただけたら
後ほどお伺いいたします。



にほんブログ村 写真ブログ 立体写真 へ
にほんブログ村 観賞魚ブログ アクアテラリウム へ

人気ブログランキング へ


アクセス解析Webパーツi2iは、ランキングバナーではありません。
 
Affiliate

”模型 完成品”の語句を変えれば、Amazonの商品の検索ができます。


 
Cinema

 
Map


 
Translation



  

 
 
 
 
Category

  • 3Dカメラ (43件)
  • アクアテラリウム (26件)
  • ウォーキング (41件)
  • 模型 (19件)
  • 野球 (15件)
  • 特撮 (5件)
  • 健康 (3件)
  • 未分類 (16件)


 
Summary







 
Baseball


 
Twitter

Twitter Button from twitbuttons.com

 
Link





































































































 
 
  

ARCHIVE RSS