3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

梅雨の宇治花巡り

Edit Category 3Dカメラ
平等院鳳凰堂

宇治市は京都府の山崎地方にある都市であり、宇治川の風情ある渓流と、河川敷の織り成す新緑と文化財の美しさは、京都とは違った趣きが感じられる観光スポットである。以前、宇治を訪れた時は、平等院 鳳凰堂が平成修理期間だったので入場することを諦め、宇治上神社や琴坂と称する参道が美しい興聖寺などを散策した。今回、梅雨の花である紫陽花を観るために“あじさい寺”で知られる三室戸寺と前回の宇治訪問で鳳凰堂を観ることが出来なかった平等院を訪れた。

京阪特急 出町柳行
京阪特急 出町柳行

宇治と云えば、“宇治茶”であり、世界遺産に登録された“平等院”“宇治上神社”、場合によっては “紫式部”が思い浮かぶかも知れない。平等院表参道は、京阪宇治駅から宇治橋を渡り、紫式部像のある撮影スポットの辺りから平等院表門に繋がる道は、多くの観光客で賑わっており、宇治に抱いているイメージが一気に高揚する。室町時代から続く宇治茶の老舗が軒を並べ、お茶の香りと宇治の特産品も充実した歴史ある表参道である。

(交差法)
宇治橋①(交差法)
(平行法)
宇治橋①(平行法)

(交差法)
宇治橋②(交差法)
(平行法)
宇治橋②(平行法)

(交差法)
宇治橋③(交差法)
(平行法)
宇治橋③(平行法)

(交差法)
紫式部像①(交差法)
(平行法)
紫式部像①(平行法)

(交差法)
紫式部像②(交差法)
(平行法)
紫式部像②(平行法)

(交差法)
平等院表参道①(交差法)
(平行法)
平等院表参道①(平行法)

(交差法)
茶そば・茶うどん(交差法)
(平行法)
茶そば・茶うどん(平行法)

宇治に到着し、昼食にしようと平等院表参道の通りを物色してみたが、何れの店も行列が出来ている。折角の宇治なので、平等院入口付近にある珍しい“手打ち茶うどん”の「孫左エ門」に入った。メニューによれば、茶そば・茶うどんの何れかを選択できたので、私が「おろし茶うどん」、嫁さんは「やまかけ茶そば」を注文し、少しずつ分けて味わった。どちらも美味しいが、お茶の香りをた楽しむのであれば茶うどんの方が適していると感じた。我々が入店後も行列ができていたが、おそらく麺が完売したのか間もなく暖簾を下げた。

(交差法)
平等院 表門①(交差法)
(平行法)
平等院 表門①(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂①(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂①(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂②(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂②(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂③(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂③(平行法)

昼食後、いよいよ平等院に入場する。嫁さんと結婚前に一度訪れて以来となる。その時は、随分、色褪せて朽ちた印象の建造物であったが、大勢の修学旅行生に囲まれ、写真も殆ど撮れず、思わず苦笑した想い出が甦ってきた。朱色の入場門を潜って直進すると、以前訪れた際の色彩と見間違える艶やかな鳳凰堂の全容が姿を現した。平成の大修理後の鳳凰堂はテレビや写真で何度かお目に掛かっていた筈だが、目の前で眺める鳳凰堂は言葉を失うほどの美しさである。

(交差法)
平等院 鳳凰堂④(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂④(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑤(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑤(平行法)

平等院は、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。山号を朝日山と称し、宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっている。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊である。藤原氏ゆかりの寺院として風情溢れる敷地内には、平安時代の文化財が多数あり、雅な雰囲気を現代に伝えている。

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑥(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑥(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑦(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑦(平行法)

現在の平等院の地は、源氏物語の主人公 光源氏のモデルと言われる源融(みなもとのとおる・嵯峨天皇の皇子)が9世紀後半に造らせた別業(※古代貴族の別荘)があった。その後、宇多天皇の手に渡り、天皇の孫である源重信の手に渡った。998年(長徳4年)源重信の夫人から摂政 藤原道長が譲り受け、その長男である藤原頼道が受け継ぎ「宇治殿」と称した。1052年(永承7年)藤原頼通は宇治殿を天台宗の寺院として改め「平等院」としたのが創始とされる。

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑧(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑧(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑨(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑨(平行法)

当時、絶対の権力を誇った関白 藤原頼通は、“この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることもなしと思へば”(この世は自分のためにあるようなものだ。満月の欠けたことがないように)と詠うほどの栄華を極めていたとされ、藤原頼道がこの地に拘ったのは、近郊の小幡(こはた)の地が藤原一門の埋葬地であったためと云われている。

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑩(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑩(平行法)

(交差法)
平等院 阿字池 松の木(交差法)
(平行法)
平等院 阿字池 松の木(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑪(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑪(平行法)

平等院は京の都から見て宇治川の西岸に位置し、西は日が沈む方角として浄土がある場所と考えられていた。宇治川を三途の川に見立て、平等院は彼岸、対岸の朝日山、仏徳山が此岸と考えられ、現世における極楽浄土に例えられていた。古来から貴族が死を迎えるまで晩年を心安らかに過ごす場所としてもこの地が選ばれ、嘗ては陽成天皇の隠御所があり、宇多天皇や朱雀天皇もこの地を晩年の御所としていた場所であった。

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑫(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑫(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂⑬(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂⑬(平行法)

釈迦の没後2000年後の1052年には恐ろしい末法の世が始まると説いた末法思想は平安貴族を震え上がらせた。仏法では、釈迦が説いた教えと己の修行と悟りが三つ揃っている時代を“正法”とされ、その時代が過ぎると教えと修行だけは残るものの悟る人がいない“像法”と云う時代が訪れるとされた。その後は教えだけが残り、修行も悟りも無い時代が訪れ、人も世も最悪な状態に陥り、正法がまったく行われない時代を“末法”と称している。

鳳凰堂 空撮

平安後期は、武士が台頭して治安が乱れ、仏教界も天台宗を始め寺院全般に腐敗が広がり、僧兵(武装した僧侶)の出現によって退廃した時代と云われる。人々の現実社会への不安は一層深まり、末法の年の接近に伴って大飢饉や疫病が起こり、京の都はハルマゲドンノストラダムスの大予言を彷彿させるような地獄さながらの混乱であったと推察される。

平等院鳳凰堂

末法の世では、死後成仏出来ない不安が強まり、貴族達は極楽浄土に往生出来ることを叶えるために造られたのが浄土式庭園と呼ばれる庭園建築であった。末法思想が広がり、藤原氏など貴族の摂関政治が衰え、院政へと向かった時代に池の中島に建てられた建築は、極楽の宝池に浮かぶ宮殿の如く、西方極楽浄土が現出の如く感動を呼んだに違いない。

(交差法)
平等院 阿字池 鯉(交差法)
(平行法)
平等院 阿字池 鯉(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂尾廊①(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂尾廊①(平行法)

(交差法)
平等院 鳳凰堂尾廊②(交差法)
(平行法)
平等院 鳳凰堂尾廊②(平行法)

創建当時は金堂、講堂、五重塔など多数の建築が立ち並ぶ大寺院であったが、1336年(建武3年)楠木正成と足利氏の争いをはじめ、幾多の災害により建造物の大半が焼かれ、応仁の乱で更に衰退した。交通の要衝であり、京都の南の防衛線でもある故、合戦や戦火が絶えることがなかった。そのため往時を偲ばせるものは、鳳凰堂と正面の1基の石灯籠、前庭の阿字池しか残っていない。

鳳凰堂 阿弥陀如来坐像
平等院鳳凰堂 阿弥陀如来坐像

国宝として広く知られている鳳凰堂は、平安時代後期に藤原頼通によって建てられた阿弥陀堂で、お堂に安置されている金色に輝く巨大な阿弥陀如来坐像は、日本の彫刻、仏師の礎とされる仏師 定朝(じょうちょう)によって造られ、国宝に指定されている。堂内の天井に螺鈿と銀箔を張った円鏡が施され、正面の扉を開くと前庭の阿字池の水に反射した朝日が円鏡に集まり、阿弥陀如来像を黄金色に浮かび上がらせるよう設計されている。

平等院鳳凰堂 改修前(上)改修後(下)
平等院鳳凰堂 改修前後

10円硬貨

平等院鳳凰堂 十円硬貨(上)ジオラマ模型(下)
平等院鳳凰堂 十円硬貨とジオラマ模型
※対比写真はジオラマ建築模型ブログ「名城本舗」出典

色褪せた柱や屋根瓦は、2012年9月~2014年9月までの2年間、平成の大修理によって当時(平安時代)の赤や黒の独特の風合いが復元され、10円硬貨の表に刻まれたシンメトリー(左右相称)の姿は、日本人にとって至極馴染み深いものであり、阿字池の水面に逆さに映し出される鳳凰堂の姿も美しい。鳳凰堂の真正面からの撮影ポイントは、10円硬貨をかざして撮影する人も多く、いつでも観光客が絶えることがない。

一万円札 鳳凰(左)/新鳳凰像(中)/旧鳳凰像(右)
一万円札 鳳凰 新鳳凰像 旧鳳凰像

鳳凰堂中堂の屋根の上にいる一万円札のデザインでお馴染の金銅鳳凰は、現在二代目となる。平成の大修理によって、現用材料を使用しながらも外装色や瓦は調査結果に基づき、創建当時に準じて再現された。前述通り、鳳凰堂の正式名称は阿弥陀堂だが、尾の長い鳥が翼を広げたような形の外観や、屋根上の鳳凰形棟飾りから、近世以降に鳳凰堂と呼称されるようになる。鳳凰は正徳の天子の出現を待ってこの世に現れるとされ、縁起の良い瑞鳥とされている。

(交差法)
平等院 金銅鳳凰①(交差法)
(平行法)
平等院 金銅鳳凰①(平行法)

(交差法)
平等院 金銅鳳凰②(交差法)
(平行法)
平等院 金銅鳳凰②(平行法)

(交差法)
平等院 金銅鳳凰③(交差法)
(平行法)
平等院 金銅鳳凰③(平行法)

(交差法)
平等院 金銅鳳凰④(交差法)
(平行法)
平等院 金銅鳳凰④(平行法)

(交差法)
平等院 金銅鳳凰⑤(交差法)
(平行法)
平等院 金銅鳳凰⑤(平行法)

金銅鳳凰のみならず、楼閣の宝珠も調査結果に基づき金色に再現されていて、当時の豪華絢爛な姿を今に見ることができる。鳳凰堂そのものが国宝に指定されているが、堂内に安置されている本尊 木造阿弥陀如来坐像や、52躯の木造雲中供養菩薩像も国宝に指定されている。いずれも鳳凰堂が落慶した1053年(天喜元年)に造られており、当時の造形技術の高さ、古の日本人の美的感覚には嘆息する。

(交差法)
平等院ミュージアム鳳翔館入口(交差法)
(平行法)
平等院ミュージアム鳳翔館入口(平行法)

庭園からの鳳凰堂の眺めを堪能した後、国宝や重要文化財を展示する「平等院ミュージアム鳳翔館」へ入館した。多くの建築賞を受賞する建築家の栗生 明 氏による設計は庭園の美しさに調和するよう大半が地下構造でありながら、自然光を意図的に採り入れ、展示への工夫も施されている。日本最大級のガラスウォールケースを使用し、展示物に対する空間特性を活かす構造となり、最新のデジタルCGによる堂内再現映像や、超高精細画像による国宝検索システムなども備えている。

平等院ミュージアム鳳翔館
平等院ミュージアム鳳翔館①平等院ミュージアム鳳翔館②
平等院ミュージアム鳳翔館③平等院ミュージアム鳳翔館④

(交差法)
平等院 鐘楼(交差法)
(平行法)
平等院 鐘楼(平行法)

入り口から神殿のような荘厳な廊下が続き、その先には、京都の神護寺滋賀の三井寺(長等山園城寺)の鐘とともに日本三名鐘のひとつに数えられる国宝の梵鐘が展示されている。鳳凰堂と同じ11世紀頃の制作と推定される梵鐘の上部には、鬣(たてがみ)を真上に逆立たせた竜頭が飾られ、唐草文様の地分の上に鳳凰や踊る天人などが描かれている。嘗て園池の畔にあった鐘楼や鳳凰堂中堂の大棟の南北両端に据えられていた国宝 金銅鳳凰は、大気汚染の影響を鑑みてミュージアムに安置された。現在、鐘楼には新たに復元・製作された鐘が懸けられている。

雲中供養菩薩像
雲中供養菩薩像雲中供養菩薩像

鳳凰や梵鐘以外にも、重要文化財である十一面観音立像や、宇治市指定文化財である帝釈天像、地蔵菩薩像が安置されている。長押(なげし)上の小壁に懸け並べられた雲中供養菩薩像は精緻に造り込まれ、各像が鼓、笙、琴、琵琶、などの楽器を奏でており、何体かは舞踊を踊っている。これらの菩薩像は阿弥陀像と一緒に臨終を迎えた人のすぐ側に来迎し極楽の世が華やかで楽しい場所だということを表現しており、救いを求める人達の想いを深く受け留めてきたのである。

(交差法)
平等院 最勝院 不動堂(交差法)
(平行法)
平等院 最勝院 不動堂(平行法)

(交差法)
平等院 浄土院(交差法)
(平行法)
平等院 浄土院(平行法)

(交差法)
平等院 最勝院(交差法)
(平行法)
平等院 最勝院(平行法)

不動明王を本尊とする最勝院の本堂では、災難除けを願う人で賑わう。最勝院が天台修験宗を極める聖護院末であるところから、役小角(えんのおづぬ )の像が祀られている。

(交差法)
平等院 最勝院からの鳳凰堂①(交差法)
(平行法)
平等院 最勝院からの鳳凰堂①(平行法)

鳳凰堂の北東に佇む平等院塔頭の天台宗の最勝院は、1654年(承応3年)京都東洞院六角勝仙院(住心院)の僧が平等院に移り、その住庵を最勝院と称したことに始まる。最勝院の境内南側にある不動堂の脇に源頼政の墓がある。1180年(治承4年)治承の乱で以仁王(もちひとおう)の令旨を奉じ、平家追討の兵を挙げた源三位頼政は、宇治川の戦いで平知盛の大軍に追撃され、平等院で辞世の句を残して自害したと云われる。

(交差法)
平等院 最勝院からの鳳凰堂②(交差法)
(平行法)
平等院 最勝院からの鳳凰堂②(平行法)

最勝院には、治承の乱に関わったもう一人の人物、浄土院にある太敬庵通園の墓がある。浄土院の通園の墓にある駒札によると、通園はもと古川右内と云い、源頼政の家臣であり、宇治橋の東詰に庵を結んだ後も、源頼政を主と仰ぎ、治承の乱には一躍、馳せ参じ共に平家と戦いこの地で討ち死にして平等院の中に弔われたのである。

(交差法)
平等院 観音堂(交差法)
(平行法)
平等院 観音堂(平行法)

観音堂は、平等院の表門の傍にあり、鳳凰堂のような華やかさは無いが、花の季節には藤棚越しに見ると絵になる美しさとのこと。寄棟造、本瓦葺で、法橋徳応のニ天像、不動明王像が祀られている。元々、本尊十一面観音立像(平安時代後期)を安置していたが、現在は鳳翔館に移されている。江戸時代には、観音堂の脇(北側)に大門があり、観音様を拝んで鳳凰堂に進む平等院の入口となっていた。

(交差法)
平等院蓮①(交差法)
(平行法)
平等院蓮①(平行法)

(交差法)
平等院蓮②(交差法)
(平行法)
平等院蓮②(平行法)

(交差法)
平等院蓮③(交差法)
(平行法)
平等院蓮③(平行法)

1999年に行われた鳳凰堂前にある阿字池の発掘調査で江戸時代後期の地層から見つかったハスは固有種と認められた。平等院蓮と称するハスは、2001年以降、平等院で育てられ、毎年この時期に花を咲かせる。今年は例年並みの6月30日に初めて開花した。花は直径20cmほどの大きさで、開花から散るまでは3日間ほどと云う。6月末頃まで順次花が咲く。池の周辺には、平等院蓮など10品種37鉢が並べられている。

(交差法)
平等院 表門②(交差法)
(平行法)
平等院 表門②(平行法)

宇治川を挟んで向かい側の仏徳山の麓には、世界文化遺産で国宝の宇治神社、宇治上神社が鎮座しており、当時は平等院阿弥陀堂から宇治上神社の正面を拝むことが出来たと云われる。約1000年の時を超えて当時の姿に再現された鳳凰堂に連綿と流れる美や、今に伝える国宝の数々には、時に磨かれた本物だけが持つ輝きがあり、実際に目で確かめる価値がある。

宇治MAP


(交差法)
平等院表参道②(交差法)
(平行法)
平等院表参道②(平行法)

(交差法)
宇治橋④(交差法)
(平行法)
宇治橋④(平行法)

(交差法)
宇治橋⑤(交差法)
(平行法)
宇治橋⑤(平行法)

(交差法)
通圓 宇治本店(交差法)
(平行法)
通圓 宇治本店(平行法)

平等院を出てからは表参道に戻り、宇治茶のかき氷フロートを嗜みながら休憩した。英気を養った後は、次なる目的地の三室戸寺に向かうため再び宇治橋を渡った。宇治橋東詰には、浄土院に墓がある通園が結んだ庵が茶屋となり、吉川英治の宮本武蔵の中で、お通が武蔵を探す旅の途中で描かれ、狂言の「通圓」という演目のモデルとなった「通圓茶屋(宇治本店)」が見えてきた。足利義政・豊臣秀吉・徳川家康など、この茶屋でお茶を召し上がった記録が残っている。以前、宇治を訪れた際、この店で「三菜茶そば」を食べた想い出が蘇る。

(交差法)
三室戸寺 参道①(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道①(平行法)

(交差法)
三室戸寺 参道②(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道②(平行法)

(交差法)
三室戸寺 参道③(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道③(平行法)

京阪宇治駅から臨時バス「あじさい号」があると聞いていたが、既に運行時間を過ぎていた。宇治駅からは約1.5kmの距離があり、傾斜の緩い上り道で徒歩25分程度の道程なので、躊躇せず歩いて向かうことにした。拝観最終受付時間が迫り、帰る人のラッシュに逆らって三室戸寺に到着したが、終了間際で賑わいが緩和していると思いきや、あじさい庭園は想像以上に人が多く、梅雨時期における名所としての集客力の高さが伺える。

(交差法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園①(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園①(平行法)

(交差法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園②(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園②(平行法)

(交差法)
三室戸寺 山門(交差法)
(平行法)
三室戸寺 山門(平行法)

三室戸寺は西国観音霊場十番の札所で、本山修験宗の別格本山となる。“あじさい寺”として知られるほど花の美しさで名高く、5000坪の広さを誇る庭園「与楽園」では、紫陽花の他、つつじ、蓮、紅葉など四季折々の風景を楽しむことができる。5月は躑躅(ツツジ)、6月は紫陽花、7月は蓮、秋は紅葉など四季を通し美しい花模様が楽しめる。西洋アジサイ、額アジサイ、柏葉アジサイが咲き乱れ、訪れた人を魅了する。蛇のパワースポットとしても知られ、蛇のお守りも売られている。境内には、源氏物語宇治十帖「浮舟」の古跡がある。

(交差法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園③(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園③(平行法)

(交差法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園④(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園④(平行法)

(交差法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園⑤(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園⑤(平行法)

寺伝によれば、770年(宝亀元年)光仁天皇が宇治川の滝壺から取り出した千手観音を宇治の離宮内に安置し、「御室戸寺」と名付けたことが創建とされるが、伝承については伝説的色彩が濃く、謎に包まれた寺のようである。本尊の千手観音像は厳重な秘仏で写真も公開されていない。秘仏本尊を模して造られた「お前立ち像」は、飛鳥時代の仏像のようだが、ご本尊の年代等の詳細は不明であるため、文化財にも指定されていない。

(交差法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園⑥(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園⑥(平行法)

(交差法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園⑦(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道からのアジサイ庭園⑦(平行法)

(交差法)
三室戸寺 石段①(交差法)
(平行法)
三室戸寺 石段①(平行法)

(交差法)
三室戸寺 石段からのアジサイ(交差法)
(平行法)
三室戸寺 石段からのアジサイ(平行法)

西国三十三所巡礼に関する最古の史料によると、11世紀末頃に行尊が三十三所を巡礼した時は、三室戸寺は三十三番目として最後の巡礼地であった。寺は康和年間(1099~1103年)三井寺の僧隆明によって中興されたと云う。その後、寛正年間(1460~1466年)の火災で伽藍を失い再興されたものの、1573年(天正元年)には織田信長と争った足利義昭に加勢したため焼き討ちされる。

(交差法)
三室戸寺 本堂①(交差法)
(平行法)
三室戸寺 本堂①(平行法)

(交差法)
三室戸寺 本堂②(交差法)
(平行法)
三室戸寺 本堂②(平行法)

(交差法)
三室戸寺 本堂③(交差法)
(平行法)
三室戸寺 本堂③(平行法)

(交差法)
三室戸寺 本堂④(交差法)
(平行法)
三室戸寺 本堂④(平行法)

本堂は、1814年(文化11年)江戸時代後期に再建された重層入母屋造の重厚な建物で、秘仏の千手観音立像が安置されている。阿弥陀堂のある場所には親鸞の父 日野有範の墓があったが、親鸞の娘 覚信尼が祖父 有範の墓を整備してお堂を建て、阿弥陀堂として菩提を忌った。

(交差法)
三室戸寺 鐘楼 三重塔(交差法)
(平行法)
三室戸寺 鐘楼 三重塔(平行法)

1704年(元禄17年)建立の全高16mの三重塔は、元々、兵庫県佐用郡三日月村(現・佐用町)の高蔵寺にあったものを、1910年(明治43年)三室戸寺が買い取り、参道西方の丘上に移設し、その後に境内の現所在地(鐘楼の東隣)に移された。

(交差法)
三室戸寺 宇賀神(交差法)
(平行法)
三室戸寺 宇賀神(平行法)

2012年に設置された本堂前に鎮座する宇賀神は、狛牛・狛兎に続く“狛蛇”とも云える像で、頭は老翁、体は蛇で蓮に乗る姿という奇妙な石像として目を引く。蛇の尾には金運、老翁の髭には健康長寿の御利益があるとされ、撫でられる箇所が黒ずんでいる。三室戸寺には、蟹を助けた娘が蛇に嫁入りを迫られた際、蟹が蛇を退治した伝承があり、娘が蛇の供養に奉納したと伝わる宇賀神の木像(非公開)がある。寺は気軽に触れて貰うため木像に似せた石像を新設した。

(交差法)
三室戸寺 参道④(交差法)
(平行法)
三室戸寺 参道④(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園①(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園①(平行法)

2009年の朝日新聞のあじさいの名所アンケートでは、箱根登山鉄道鎌倉の名月寺に続き、三室戸寺は3位に選ばれた。連日多くの参拝者で賑わい、土、日曜日は駐車場が満車となる。同じ頃にはハスも見頃を迎えており、凛として気高く咲く姿が美しい。6月の週末には通路や杉木立に設置された照明により、関西で唯一のあじさいのライトアップが施され、初夏の夕闇に青や紫、ピンクのしっとりとした姿を浮かび上がらせ、幻想的なあじさいの姿を演出する。

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園②(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園②(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園③(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園③(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園④(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園④(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑤(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑤(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑥(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑥(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑦(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑦(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑧(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑧(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑨(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑨(平行法)

三室戸寺では、ハート型のあじさいの人気が急騰しており、特に赤いハート型のあじさいは珍しく、これを目当てに訪れる方も増えている。携帯電話やスマートフォンの待受け画面に設定すれば、観音様の御利益で恋愛成就すると云われるとのこと。樹勢保護のため、ハート型の場所は教えくれないとのことだが、四つ葉のクローバー以上に希少なので、宝探し感覚で目を凝らして探してみるのも楽しいかも知れない。

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑩(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑩(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑪(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑪(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑫(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑫(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑬(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑬(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑭(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑭(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑮(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑮(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑯(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑯(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑰(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑰(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑱(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑱(平行法)

(交差法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑲(交差法)
(平行法)
三室戸寺 アジサイ庭園⑲(平行法)

梅雨空の候、降り続く雨で不快指数が高い時期は気持ちも沈みがちになり、出掛けることも億劫になるが、色鮮やかな花を観ることで心が癒され、昨年も同じ時期に城北公園にある城北菖蒲園へ花菖蒲を観に出掛けている。訪れた宇治の三室戸寺のあじさいや平等院のハスには、この時期ならではの趣きや奥床しさが心に刻まれ、鳳凰堂に匹敵する感動を覚える。帰路での京阪特急の車窓に雨滴が見受けられた。関西・近畿地方の梅雨は長期化している傾向があると云われ、梅雨明けは暫く先になるとのことだが、梅雨を彩る花の儚さはいつの時代も変わらない。

(交差法)
京阪特急車窓(交差法)
(平行法)
京阪特急車窓(平行法)
スポンサーサイト
 
07 2016
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

06 08


 
 
Profile

MOTO

Author:MOTO
広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
Live


 
   


CURRENT MOON

    
 
News



 
Maxim


 
Banner


 ご !!
足あと残していただけたら
後ほどお伺いいたします。



にほんブログ村 写真ブログ 立体写真 へ
にほんブログ村 観賞魚ブログ アクアテラリウム へ

人気ブログランキング へ


アクセス解析Webパーツi2iは、ランキングバナーではありません。
 
Affiliate

”模型 完成品”の語句を変えれば、Amazonの商品の検索ができます。


 
Cinema

 
Map


 
Translation



  

 
 
Category

  • 3Dカメラ (44件)
  • アクアテラリウム (26件)
  • ウォーキング (41件)
  • 模型 (19件)
  • 野球 (16件)
  • 特撮 (5件)
  • 健康 (3件)
  • 未分類 (16件)


 
Summary







 
Baseball

 
Twitter

Twitter Button from twitbuttons.com

 
Link





































































































 
 
  

ARCHIVE RSS