3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

至福の播磨国探訪記(赤穂温泉・明石海峡大橋編)

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午後3時過ぎに姫路から宿泊地である播州赤穂へ向かうため、大手門通りを戻り姫路駅に到着すると駅構内は騒然としていた。切符の自動販売機は使用不可となっており、駅員を囲むようにして大勢の人が足止め状態にあった。何があったのかは判り得ないが、対応する駅員自身も詳細を把握していない様子で、次々と浴びせられる質問には「情報が判り次第、お知らせします」と繰り返すだけだ。果たして播州赤穂まで辿り着けるかどうかも判らない状況のようである。一体、どうなるのだろう・・・・・。
※前回記事「至福の播磨国探訪記(姫路城・好古園編)」より

播磨国マップ
播磨国

姫路駅で騒然とする中、計画していたスケジュールの播州赤穂行きの電車の発車時刻が迫ってきた。何かのトラブルによる事態なのだろうが、播州赤穂まで行けるか否かも判らないので、発車ホームに出てみると、10分遅れで播州赤穂に向けて出発し、当面折り返し電車が未定のため乗り遅れないように、とのアナウンスが流れた。何はともあれ取り敢えず播州赤穂までは行けるようだ。播州赤穂に到着すると駅前には既に宿泊予定のホテルの送迎バスが待っていた。「遅れることは把握しておりましたのでご安心を!」と声を掛けられ、略予定通りにホテルに辿り着くことが出来た。

摩耶駅の足場倒壊事故現場の様子(左)/事故による当日の路線影響(右)
摩耶駅の足場倒壊事故現場の様子摩耶駅足場倒壊事故による当日の路線影響

後ほど宿泊先のテレビで見たニュースでは、午後1時頃にJR東海道線(神戸線)で建設中の新駅「摩耶駅」の工事用足場が崩れ、付近を走行中の電車が緊急停車した。JR西日本は甲子園口~西明石間で上下線とも運転を見合わせ、現場から足場を取り除くなど復旧に手間取り、運転再開は約9時間後の午後10時6分。上下約400本に運休や遅れが出て、38万人に影響した。倒壊の原因は調査中だが、当日、瀬戸内海沿いに低気圧が北東へ進んだ影響で大気の状態が不安定になり、午後に吹いた強風は、神戸市で最大瞬間風速21.8mを記録しており、強風の影響で倒れた可能性があるとのことであった。

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣②(平行法)

今回の姫路~赤穂への訪問では、天候が思わしくなければ姫路城訪問を翌日にすることも視野に入れていたが、奇しくも12月11日は、姫路城の世界遺産登録記念日として入場料が無料になるという幸運に恵まれ、当初の計画通りに姫路城を訪れた経緯がある。年に一度の日に巡り合わせていなければ、天候を重視して当日はゆとりを持って赤穂入りし、結果的に途中で足止めとなり、計画を逸脱する甚大な影響を受けていた筈である。無論、鉄道事故は予測不可能だが、僅かな判断差が大きな分岐点となったことを痛感し、不謹慎ながら“運”を感じる探訪となった。

赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉

さて、当日の宿泊先である「赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉」を選定するに際、11月初旬に赤穂温泉の主要ホテルの予約状況を確認したところ、既に12月の週末の予約が少しずつ埋まりつつある段階であった。嫁さんと相談した結果、「銀波荘」と「潮彩きらら 祥吉」に絞り込み、牡蠣料理、温泉とも甲乙付け難く迷ったが、最上階(7階)に海が見渡せる露天風呂付きの部屋を確保できることが決め手となり、「2016年ミシュラン兵庫特別版」に掲載され、瀬戸内に沈む夕陽と波打ち際の海上露天風呂があり、美しい多島美に沈む夕景の中での湯浴みを楽しめる宿との触れ込みである「潮彩きらら 祥吉」に決めた。

赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 MAP(左)/ミシュラン兵庫特別版2016(右)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 map   ミシュラン兵庫特別版2016

「赤穂温泉」は、坂越湾内に浮かぶ生島や小豆島の島なみを臨む播磨灘に面した赤穂御崎にある。1969年(昭和44年)に掘削され広く親しまれてきた単純温泉の「赤穂御崎温泉」は、源泉の噴出量が減少して枯渇危機に直面したため、新しく天然の源泉を地下1600mから掘削して2000年(平成12年)12月に給湯を開始した。これを機に新源泉と昔からの赤穂御崎温泉を併せて「赤穂温泉」と名称も改められた。塩の産地として栄えた地から湧出した塩化物泉は、高張性に優れた食塩など豊富なミネラル成分を含み、健康回復、美肌効果に優れた泉質から、別名「よみがえりの湯」と称される。「潮彩きらら 祥吉」は、赤穂温泉が開湯した翌年に赤穂で一番新しい温泉宿として創業した。

有馬温泉(左)/城崎温泉(右)
有馬温泉 城崎温泉

赤穂温泉
赤穂温泉

兵庫県は山海の多彩な自然に恵まれ、著名な温泉地が集中している。太古の時代から続く“関西の奥座敷”として日本三古湯の1つである「有馬温泉」、多くの文豪が訪れて文学の香り漂う温泉街で外湯を巡る「城崎温泉」、淡路島の東岸、紀淡海峡に面して広がる「洲本温泉」などの名湯を誇る温泉街は多くの集客で賑わっている。「赤穂温泉」は、これらの温泉街的な賑わいとは少し趣きが異なり、喧騒を離れた瀬戸内海を臨むロケーションで、朝日のきらめき、夕陽の黄昏、潮風と新鮮な瀬戸内の幸を満喫し、波と風の音のBGMの中で別荘にいるような居心地を味わい、身も心も癒される温泉地として人気がある。誰にも邪魔されずに静かに過ごせる場所は、赤穂御崎「恋人の聖地」に選定されたことにも通じている。

(交差法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 ロビー(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 ロビー(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 ロビー四十七士人形(交差法)
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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 ロビー四十七士人形(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉「ミシュランガイド2016 兵庫特別版」プレート (交差法)
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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉「ミシュランガイド2016 兵庫特別版」プレート (平行法)

「潮彩きらら 祥吉」へは16時過ぎくらいに到着。小豆島や家島が一望できるロビーでは、テーブルの上にはオペラグラスが置かれている。当社の常務想い入れのオーダー製の椅子は、1つとして同じモノがない。柚ジュースとかわはぎのみりん干しがウエルカムドリンクとして持て成される。赤穂義士四十七士が本懐を遂げた日である12月14日の「赤穂義士祭」の直前ということもあり、四十七士の人形もロビーに展示され、雰囲気を盛り上げている。全室オーシャンビューの宿「潮彩きらら 祥吉」は、赤穂御崎の海岸の傾斜に沿って建てられており、窓の外には心癒される波穏やかな瀬戸内海が一望できる。

赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 最上階702号室(左)/部屋の露天風呂(右)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階702号室① 赤穂<br />温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階702号室②


(交差法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望①(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望①(平行法)

(交差法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望②(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望②(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望③(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望③(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望④(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望④(平行法)

我々夫婦が宿泊する部屋は、最上階702号室12畳の露天風呂付きで、同じく最上階701号室とともに「潮彩きらら 祥吉」に於ける最高ランクの客室である。DVDプレイヤー・ミニコンポ・エスプレッソマシーン・空気清浄機の他、嘗て経験したことのない最上級のマッサージチェアが置かれ、館内では用意された作務衣と丹前で過ごす。小高い岬に位置する建物の最上階からは、赤穂御崎の西にある「兵庫県立赤穂海浜公園 わくわくランド」の高さ50mの大観覧車以外に高い建物がなく、赤穂市街地を一望できる。「日本の夕陽百選」に選ばれた夕景は、グレーの雲に覆われた空の隙間からでも誇らしげに主張する。

蒼海の湯
蒼海の湯

お茶菓子の赤穂銘菓の塩まんじゅうを食べながら、至福の時間を過ごす期待が膨らむ。因みに温泉旅館の茶菓子は、血糖値が下がる入浴前に茶菓子を食べて血糖値を少し上げ、熱いお茶で体を温める効果のためとのこと。当日姫路城では、急勾配の階段や午後からの混雑で結構汗をかいたので、早速大浴場に向かった。楽しみにしていた波打ち際の露天風呂「蒼海(そうかい)の湯」は、風景も一緒に堪能できるよう海に突き出た感じに作られている。木の温もりがある「銀水露天風呂」と岩でできた野趣溢れる「錦水露天風呂」とも目の前には瀬戸内海の180度の大パノラマが広がる。雨の中では露天風呂が台無しとなるところだったが、充分堪能することができた。

牡蠣会席グレードアップ
牡蠣会席グレードUP牡蠣すき焼き

(交差法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 御料理①(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 御料理①(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 御料理②(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 御料理②(平行法)

食事は残念ながら部屋食ではなく、1階にある「御崎亭」で食べるのだが、おそらく最上位の客室を鑑み、景色、広さとも最も良い席に通された。料理は事前に予約しておいた「牡蠣会席グレードアップ」で、コースメニューにおこぜの姿造りをプラスし、焼き牡蠣、蒸し牡蠣などの牡蠣料理に加えて、珍しい牡蠣のすき焼きと牡蠣の炊き込み御飯による牡蠣づくしのコース料理である。お造りには醤油の他に赤穂塩とレモンで食べることもできる。滅多に食べる機会のない好物のおこぜの造りもかなり美味しく、残った姿を唐揚げにできないか尋ねると快く応じていただいた。何でも料理長は食器にも拘わりがあり、料理の演出も秀逸で、内容も量も想像を上回り極めて満足できる食事であった。

ファミリーイナダ マッサージチェア ネセサ FMC-N230
ファミリーイナダ マッサージチェア ネセサ FMC-N230

食事を済ませた後、部屋にあるマッサージチェアを試してみるとこれが驚愕の心地良さなのである。今まで経験したマッサージ機は強めの揉みが痛くて、なかなか馴染めなかったが、この機械は揉み加減が自然で何度繰り返しても気持ちが良い。マッサージ機で体を解した後は、こちらも楽しみにしていた部屋の露天風呂に入浴した。想像以上にいい湯加減で、大浴場とは違う最上階の12月の冷たい風が相まって実に気持ち良い。意外に檜の香りはしなかったが、何か特殊な処理でもしているのか、温泉ではない筈の湯からは微かに温泉の香りが漂う。真っ暗な海に目を向けると、潮の干満で海の道が現れたり消えたりする岩の上で愛を誓うと成就する「たたみ岩」もライトアップされている。

爽天の湯
爽天の湯

翌朝は昨夜の男湯と女湯が入れ替わり、10月に新しく増設したばかりの新大浴場「爽天(そうてん)の湯」に入浴した。まだ薄明の時間帯に鮮やかなブルーのネオンが際立っている。昨夜の「蒼海の湯」のような木や岩の造りによる伝統的な露天風呂ではなく、大理石、タイル、ウッドデッキ、透明なガラスなどの材質によるデザインは、新しくて清潔でエレガントで、テルメのような雰囲気が漂っている。入浴後の朝食では、鯵の一夜干し、出汁巻き玉子などの定番メニューに加えて、湯豆腐や薩摩芋御飯などが珍しく、普段から朝食をあまり食べない胃にすんなり収まった。

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑤(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑤(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑥(交差法)
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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑥(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑦(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑦(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑧(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑧(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑨(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑨(平行法)

(交差法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階①(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階①(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階②(交差法)
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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階②(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階③(交差法)
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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階③(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑩(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階眺望⑩(平行法)

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赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階702号室(交差法)
(平行法)
赤穂温泉 潮彩きらら 祥吉 露天風呂付き最上階702号室(平行法)


部屋に戻ってからは、回復した天気によって眩しく上る朝日を眺めながら、嬉しくて思わず嫁さんに頼んで入浴セミヌード写真を撮影するなど、マッサージチェアと部屋の露天風呂への入浴を交互に数回繰り返した。その後に味わうエスプレッソがたまらなく美味しいのである。ゆっくりと寛ぎながらチェックアウトの時間が近づく。事前に様々な計画を立てたが、結局、食事と入浴以外は部屋から出ることが殆どなかったのは、部屋の居心地が良かった証しでもある。チェックアウト後は送迎バスに丁寧な見送りを受け、赤穂城大手門前で降ろしてもらった。

2015年の幻の天守閣イルミネーション
幻の天守閣イルミネーション2015

12月14日の「赤穂義士祭」の直前でもあり、12月5日~14日は「忠臣蔵ウイーク」と銘打ち「幻の天守閣イルミネーション」などのイベントが催される。赤穂市内は3月に訪れたので記憶も新しく、あらためて詳しく観て回る訳ではなく、夕刻まで赤穂に留まる訳ではないが、普段では体験できない催しなどに期待して散策してみることにした。

赤穂義士祭ポスター(左)/大石内蔵助役の西郷輝彦(中)/赤穂義士祭 会場案内図(右)
赤穂義士祭ポスター 赤穂義士祭 大石内蔵助役の西郷輝彦 第112回 赤穂義士祭 会場案内図

赤穂義士が吉良邸に討ち入りした元禄15(1702)年12月14日を偲ぶ「赤穂義士祭」はこの日付に合わせて開かれ、今回で112回目となる。前夜祭には提灯行列、ジャズコンサート、落語会などが行われ、義士祭当日は、朝から太鼓の奏納、武道大会、駅伝競走、茶会、忠臣蔵劇、東映剣会による殺陣などの催しがあり、大手門から赤穂駅に至る1km強の道を約1時間かけて練り歩く忠臣蔵パレードに始まり、義士娘越し道中、子供大名行列などが続く。忠臣蔵の名場面を再現する山車と最後の四十七士の義士行列がハイライトとなり「エイエイオー」と勝鬨を上げる。今回の義士祭には西郷輝彦が大石内蔵助に扮して浜村淳が実況し、沿道には約6万人の観光客が詰め掛け、大盛況であったとのこと。

(交差法)
赤穂城跡 大手門前「撮らんか~れAKO~あこうのまちで義士と一緒に記念撮影~」①(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 大手門前「撮らんか~れAKO~あこうのまちで義士と一緒に記念撮影~」①(平行法)

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赤穂城跡 大手門前「撮らんか~れAKO~あこうのまちで義士と一緒に記念撮影~」②(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 大手門前「撮らんか~れAKO~あこうのまちで義士と一緒に記念撮影~」②(平行法)

赤穂城大手門前で、赤穂義士に扮したボランティアスタッフ数名に推奨のイベントを確認すると、赤穂観光の記念に義士はっぴや模造刀を貸し出し、赤穂義士に扮したスタッフと一緒にお手持ちのカメラで記念写真が撮れる「撮らんか~れAKO~あこうのまちで義士と一緒に記念撮影~」(無料)を勧められ、早速応じることにした。スタッフ全員が明るくて気さくで実に喋り易い人たちだったので思わず乗せられてしまったが、良い記念になった。

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赤穂城跡 番所跡休憩所・大手隅櫓(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 番所跡休憩所・大手隅櫓(平行法)

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大石良雄邸跡長屋門(交差法)
(平行法)
大石良雄邸跡長屋門(平行法)

大手門を潜って三之丸に位置する場所には、浅野内匠頭の刃傷事件の際、その知らせを持って早籠で駆けつけた早水藤左衛門、萱野三平が実際に叩いたと云われる「大石良雄邸跡長屋門」がある。少し先を右手に曲がれば、大石内蔵助の屋敷跡に境内がある「大石神社」が見えてくる。

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大石神社 大石内蔵助石像(交差法)
(平行法)
大石神社 大石内蔵助石像(平行法)

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大石神社 恵比寿様木彫像(交差法)
(平行法)
大石神社 恵比寿様木彫像(平行法)

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大石神社 大黒様木彫像(交差法)
(平行法)
大石神社 大黒様木彫像(平行法)

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大石神社 本殿(交差法)
(平行法)
大石神社 本殿(平行法)

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大石神社 奉納菰樽酒(交差法)
(平行法)
大石神社 奉納菰樽酒(平行法)

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大石神社 大石内蔵助銅像(交差法)
(平行法)
大石神社 大石内蔵助銅像(平行法)

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大石神社 境内①(交差法)
(平行法)
大石神社 境内①(平行法)

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大石神社 境内②(交差法)
(平行法)
大石神社 境内②(平行法)

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大石神社 境内③(交差法)
(平行法)
大石神社 境内③(平行法)

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大石神社 神門(交差法)
(平行法)
大石神社 神門(平行法)

「大石神社」は大石内蔵助良雄以下四十七士を主神とし、萱野三平(仮名手本忠臣蔵の早野勘平)を併せ祀る。江戸時代には幕府に憚かって表立って顕彰できなかったが、1868年(明治元年)、明治天皇が赤穂浪士の墓のある泉岳寺に勅使を遣わしこれを弔って以降、1900年(明治33年)に創建の議が起こり、1910年(明治43年)起工、1913年(大正2年)に社殿が完成し、1928年(昭和3年)には無格社から県社に昇格した。神社から見える大手隅櫓が印象的で大手門の位置が判り易い。

(交差法)
赤穂城跡 二之丸庭園 大石頼母助屋敷門(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 二之丸庭園 大石頼母助屋敷門(平行法)

(交差法)
赤穂城跡 二之丸庭園(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 二之丸庭園(平行法)

「大石神社」から観光定番の「本丸庭園」に向かう道の途中で、大石内蔵助良雄の大叔父に当たる大石頼母助の屋敷跡に通じる「大石頼母助屋敷門」がある。薬医門形式のこの門を潜れば、普段は非公開の「二之丸庭園」に入園出来る。「二之丸庭園」は、本丸門前に占地する大石頼母助屋敷南面から二之丸西仕切に至る池泉がある大規模な庭園で、屋敷部が流れの池泉であるのに対し、南西部池泉は水深が深く、舟遊びが可能な雄大な規模を有する。本丸庭園とともに「旧赤穂城庭園 本丸庭園・二之丸庭園」として国名勝の指定を受け、現在、庭園として長期復元工事中で、2002年(平成14年)から始まった工事の完成時期は未定とのこと。

(交差法)
赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧①(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧①(平行法)

(交差法)
赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧②(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧②(平行法)

「大石頼母助屋敷門」の前には、「赤穂城二之丸庭園 屋形舟遊覧」と記載された看板が置かれていた。庭園内に設けられた大きな池を、赤穂市選定保存技術保持者の方の建造による「浅野号」と「大石号」の二艘の屋形舟で、江戸時代の大名達が楽しんだ舟遊びを味わう企画(中学生以上200円 ※パンフレット付 小学生50円 小学生未満は無料 ※保護者同伴)とのこと。10分程度の遊覧コースを楽しむ趣向で、市職員やボランティアなどが2人1組となって船頭役として竿を操って屋形舟を進める。毎年恒例のイベントだが、当日(12月12日)と赤穂義士祭(12月14日)だけの二日間のみの催しなので、少々不安だったが、記念に乗ってみることにした。

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赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧③(交差法)
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赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧③(平行法)

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赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧④(交差法)
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赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧④(平行法)

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赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧⑤(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧⑤(平行法)

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赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧⑥(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 二之丸庭園 屋形舟遊覧⑥(平行法)

赤穂化成「赤穂義士の塩・水」
赤穂化成「赤穂義士の塩・水」

屋形舟は、海の傍に住んでいた子供の頃に我家で保有していた伝馬船(櫓で漕ぐ木造の小型和船)と比べて随分小さく、湖や池の貸出ボートよりやや大きい程度である。不安定だが、波もなく水深も浅い庭園内の池では最適な大きさなのかも知れない。遊覧コースの途中で三ヵ所の的が設けられ、吸盤の弓矢で射止めた数の記念品が贈呈される。突然の競技宣言に焦って放った一発目の矢は無情にも目の前の水面にポトリと落下した。これではあまりにもカッコ悪いので、二発目、三発目は慎重に狙って見後に的を射止めた。景品にはあまり重い荷物にならないモノとして、地元企業の赤穂化成「赤穂義士の塩・水」を選んだ。想像以上に楽しくて、こちらも良い記念になった。

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赤穂城跡 本丸門内堀(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸門内堀(平行法)

(交差法)
赤穂城跡 本丸高麗門(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸高麗門(平行法)

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赤穂城跡 本丸櫓門(交差法)
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赤穂城跡 本丸櫓門(平行法)

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赤穂城跡 本丸櫓門内展示室①(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸櫓門内展示室①(平行法)

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赤穂城跡 本丸櫓門内展示室②(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸櫓門内展示室②(平行法)

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赤穂城跡 本丸櫓門内展示 忠臣蔵人形「松の廊下」(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸櫓門内展示 忠臣蔵人形「松の廊下」(平行法)

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赤穂城跡 本丸櫓門内展示 忠臣蔵人形「早篭」(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸櫓門内展示 忠臣蔵人形「早篭」(平行法)

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赤穂城跡 本丸櫓門内展示 忠臣蔵人形「勝鬨」(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸櫓門内展示 忠臣蔵人形「勝鬨」(平行法)

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赤穂城跡 本丸庭園①(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸庭園①(平行法)

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赤穂城跡 本丸庭園②(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸庭園②(平行法)

(交差法)
赤穂城跡 本丸庭園③(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸庭園③(平行法)

「大石頼母助屋敷門」を出て「本丸庭園」に向かった。以前ここを訪れた際と違って天守台には「幻の天守閣イルミネーション」用の照明装置がセッティングされている。一ノ門を越えて本丸大手門枡形内へ進み、特別公開中の櫓門二階内にある展示室に入ってみた。櫓門内部は木像再建されており、内部には現存する本丸御殿などの具材、古写真、忠臣蔵をテーマにした名シーン(松の廊下、早篭、勝鬨など)の紙人形ジオラマなどの興味深い展示品があった。天守閣イルミネーションとともに、忠臣蔵ウイーク期間中に赤穂城跡本丸に並ぶ義士燈籠には、赤穂四十七士をテーマにした習字、川柳、標語、絵など赤穂市民から寄せられた作品で灯籠が作られている。“切腹”と書かれた作品が斬新で凝視してしまうが、間違っても“吉良”という二文字は見当たらない。

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赤穂市立歴史博物館④(交差法)
(平行法)
赤穂市立歴史博物館④(平行法)

赤穂城は1600年(慶長5年)に姫路藩主池田輝政の弟、長政を領主として赤穂城の前身の大鷹城を築いたが、その後の池田輝興の突然の発狂により、笠間藩主の浅野長直が領主となった経緯がある。浅野氏の居城であり忠臣蔵の舞台として著名で、1648年(慶安元年)平和な時代に築かれた数少ない城ながら、山鹿素行を招聘し甲州流軍学に基づく実戦的な城であり、近代城郭史上、珍しい変形輪郭式の城でもある。

(交差法)
赤穂城跡 本丸厩口門①(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸厩口門①(平行法)

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赤穂城跡 本丸厩口門②(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸厩口門②(平行法)

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赤穂城跡 本丸厩口門③(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 本丸厩口門③(平行法)

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赤穂城跡 大手隅櫓・大手門(交差法)
(平行法)
赤穂城跡 大手隅櫓・大手門(平行法)

(交差法)
赤穂名物 塩味饅頭「志ほ万」かん川本舗 大石内蔵助石人形(交差法)
(平行法)
赤穂名物 塩味饅頭「志ほ万」かん川本舗 大石内蔵助石人形(平行法)

浅野時代に厩口門(森時代には台所門)と通称された門から「本丸庭園」を出て、大手門を潜って播州赤穂駅の方向に向かう道路を挟んだ向かい側には、赤穂名物 志ほ万の「かん川本舗 」の店舗前に色鮮やかな大石内蔵助石人形がある。思い返せば赤穂の街の至るところに大石内蔵助の石像、銅像、人形などがあり、赤穂義士への想いを馳せ、城下町の歴史を偲ぶ赤穂はまさに“忠臣蔵のふるさと”であることを感じることができる。

(交差法)
台雲山花岳寺 山門(交差法)
(平行法)
台雲山花岳寺 山門(平行法)

以前訪れた「花岳寺」は、浅野家の菩提寺として赤穂藩祖によって1645年(正保2年)に建立された。浅野家と義士に関する貴重な資料を展示する宝物館、千手観音尊像、四十七士の彫像を安置する義士木像堂、義士墓所があり、墓所には大石内蔵助良雄の祖先墓、赤穂義士の遺髪を祀った義士墓が並ぶ。山門は赤穂城の塩屋総門を明治元年にこの場所に移設されたものと云われ、元禄時代を偲ぶ数少ない建物として赤穂市文化財に指定されている。山門の額には花岳寺の山号である臺雲山と書かれてある。

(交差法)
赤穂「息継ぎ広場」息継ぎ井戸・義士あんどん(交差法)
(平行法)
赤穂「息継ぎ広場」息継ぎ井戸・義士あんどん(平行法)

「いきつぎ広場」(みなと銀行赤穂支店南側広場)にある息継ぎ井戸は、早水藤左衛門、萱野三平の両名が、早かごで主君刃傷の凶報をもって江戸より駆けつけた際、この井戸で一息ついて城内の大石内蔵助邸へ入ったと云われている。江戸と赤穂離は普通に歩いて約半月掛かるとされた155里(約620km)の距離を4日半で駆け抜けたとは驚愕に値する。敷地内にはからくり時計「義士あんどん」もあり、「赤穂義士祭」では多くの観光客で賑わう撮影スポットとして、広場周辺に仮設スタンドが設置されていた。

(交差法)
播州赤穂駅南口前 大石内蔵助銅像「義魂」(交差法)
(平行法)
播州赤穂駅南口前 大石内蔵助銅像「義魂」(平行法)

(交差法)
明石公園・明石城(交差法)
(平行法)
明石公園・明石城(平行法)

国宝で世界遺産の姫路城を観た翌日だけに天守のない赤穂城はどうしても見劣りしてしまうのは仕方がないのだが、城郭の大きさではなく、城と街との歴史や文化の関わり方に興味が注がれる想いがした。播州赤穂駅に到着した頃は既にお昼を時間帯に達していたが、このまま真っ直ぐ帰路につくのは勿体無い。当初の計画には無かったが、明石海峡大橋を間近で観れる「舞子公園」を訪れることにした。播州赤穂から新快速で明石まで行き、明石から快速電車に乗り換えて舞子に向かうのだが、明石駅の北側にも明石城があり、播磨国の城郭を巡る探訪のような探訪のように感じられた。

(交差法)
明石海峡大橋①(交差法)
(平行法)
明石海峡大橋①(平行法)

(交差法)
明石海峡大橋②(交差法)
(平行法)
明石海峡大橋②(平行法)

(交差法)
明石海峡大橋③(交差法)
(平行法)
明石海峡大橋③(平行法)

明石海峡大橋は、全長3,911mで現在世界最長の吊り橋を誇り、本州四国連絡架橋事業の一環として、1988年(昭和63年)5月に現地工事に着手し、およそ10年の歳月を経て1998年(平成10年)4月に完成した。以前、明石海峡大橋を西側から一望できる「三井アウトレットパーク マリンピア神戸」を訪れたことがあるが、至近距離で観れる「舞子公園」を訪れるのは初めてだ。1900年(明治33年)兵庫県初の県立公園として開設され、老松の林と海峡の風景が広がる公園であった。特に明治天皇は7回に亘りこの地を訪れるほど愛着があった。

(交差法)
明石海峡大橋④(交差法)
(平行法)
明石海峡大橋④(平行法)

(交差法)
明石海峡大橋⑤(交差法)
(平行法)
明石海峡大橋⑤(平行法)

(交差法)
孫文記念館(交差法)
(平行法)
孫文記念館(平行法)

(交差法)
明石海峡大橋⑥(交差法)
(平行法)
明石海峡大橋⑥(平行法)

(交差法)
明石海峡大橋⑦(交差法)
(平行法)
明石海峡大橋⑦(平行法)

映画「十戎」(The Ten Commandments 1956年作品)
「十戎」(1956年作品) The Ten Commandments(1956)Parting The Red Sea Screenshot

神戸側の橋桁内に明石海峡へ突出した延長約317mの回遊式遊歩道の「舞子海上プロムナード」では、明石海峡を眺望できる8階展望ラウンジがある。2010年11月には「旧武藤山治邸」が開館し、「旧木下家住宅」「移情閣・孫文記念館」と、明治、大正、昭和そして和、洋、中の3つの歴史文化の趣を有する建築物が揃う。近年、日本の主要観光地で大勢の中国人観光客を見掛けるが、「舞子公園」でも「移情閣・孫文記念館」で記念撮影する人が絶えることがないほどであった。雄大な明石海峡大橋が曇り空に覆われて、映画「十戎」(The Ten Commandments 1956年作品)のクライマックスで、紅海が割れてモーセが大勢のヘブライ人を率いて進むシーンのような幻想的な雰囲気を漂わせ、迫力ある写真に仕上がった様な気がした。

テレビ大阪「おとな旅あるき旅」第326回「兵庫・赤穂」2015年12月12日放送
テレビ大阪「おとな旅あるき旅」第326回「兵庫・赤穂」2015年12月12日放送
テレビ大阪「おとな旅あるき旅」撮影風景 テレビ大阪「おとな旅あるき旅」三田村邦彦と斉藤雪乃

二日間での姫路~赤穂~舞子と嘗ての播磨国の街を探訪し、心地良い疲労感の中で帰路についた。思ったよりも早い時刻に我が家に到着し、土曜日の夕刻に欠かさず観ているテレビ番組「おとな旅あるき旅」(テレビ大阪)にチャンネルを合わせてみると、第326回のこの日の放送は「兵庫・赤穂」だったのである。ここまではタイミングとして有り得ることだが、驚いたことに「潮彩きらら 祥吉」が取り上げられ、数時間前まで滞在していた最上階702号室で、11月30日に三田村邦彦と斉藤雪乃が我々と同じメニューの食事シーンが撮影されていたのである。「潮彩きらら 祥吉」のブログにも紹介されており、今回の探訪におけるタイミングの妙により、夫婦で至福の時間を過ごせた満足感に浸った。
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至福の播磨国探訪記(姫路城・好古園編)

Edit Category 3Dカメラ
旧年中は当ブログへご訪問戴きましてありがとうございました。本年も宜しくお願い申し上げます。
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昨年の3月に兵庫県赤穂市を訪れた際に食べた牡蠣の味が忘れられなく、次回赤穂を訪れるときには赤穂温泉に一泊して心行くまで牡蠣を食べようと心に誓った。その際は、平成の大修理が完了して美しい姿が再現された世界遺産の「姫路城」を訪れてから赤穂入りするよう計画を立てることにした。姫路城は週末では著しく混雑することも予測し、12月11日(金)に有給休暇を取得し、その日に大阪~姫路~赤穂というスケジュールで宿泊予約することにした。

播磨国マップ
播磨国

一週間前ぐらいから待ち遠しく感じられたが、当日の天気は、降水確率80%近い予報であった。元々12月に雨が降る日は珍しいのだが、この日に照準を定めたように天気が崩れる確立が高く、最悪の場合、雨の中で露天風呂に入ることなど想像したくも無かったが、天気予報によれば回復の兆しが無さそうだ。辛うじて翌12月12日には曇りとの予測に変化してきたので、写真撮影を意識して、姫路城は多少混雑しても翌日に訪れた方が無難かも知れないとの考えが湧いてきたのである。

姫路アクセス

姫路アクセス

しかし当日直前に知ったのだが、奇しくも12月11日は、姫路城の世界遺産登録記念日として、姫路城のみならず、好古園姫路市立動物園姫路市立美術館(常設展のみ)、姫路文学館(常設展のみ ※平成28年8月まで休館中)の入場料が無料になることが判り、当初の計画通り12月11日に姫路城を訪れることにした。後々この判断が大きな分岐点となったことはこの時点で知る由もない。前日の夜から降り出した雨は当日の大阪は雨が止んでいたが、いつ降り出してもいいような雨雲に覆われ、不安を抱えた状態で姫路に到着した。

(交差法)
姫路 大手町通り①(交差法)
(平行法)
姫路 大手町通り①(平行法)

(交差法)
姫路 大手町通り 中之門跡石垣(交差法)
(平行法)
姫路 大手町通り 中之門跡石垣(平行法)

(交差法)
姫路城前横断歩道(交差法)
(平行法)
姫路城前横断歩道(平行法)

JR新快速電車で午前中に姫路駅に到着したときは、空が怪しげな色の雲に覆われ、所々で傘をさす人もいる。姫路駅から姫路城まで大手町通りを直進する途中でも小雨を感じるような不安定な天気である。途中、中堀を埋め立てて東西を繋ぐ国道2号線に沿って北側に今も土塁が残る中之門跡の石垣がある。遠くに見える姫路城が近づくごとに少しずつ気分も盛り上がっていく。大手町通りが内堀に面した道路に到達すると、既に大勢の観光客で賑わっていた。天気は不安定だが、この場所から天守閣が見えるのだから、見学や撮影も何とかなるだろうと少し安堵した。

(交差法)
姫路城桜門橋からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城桜門橋からの天守閣(平行法)

姫路城は外堀、中堀、内堀の3つのお堀が左回りの螺旋状に城郭全体を囲んでおり、内堀より内側は内曲輪(うちくるわ)と称された。内堀に架かる桜門橋は、往時は木橋であったが、2007年(平成19年)発掘調査で出土した遺構を活かしながら、江戸時代の木橋をイメージしたコンクリート造りの橋を復元した。

(交差法)
姫路城大手門①(交差法)
(平行法)
姫路城大手門①(平行法)

橋を渡ったところに堂々たる威容を誇る大手門(桜門)は門の扉を内側に開けたときに扉を雨から守るための控屋根を両側に取り付けた高麗門という形式の門で、城門の種類としては櫓門とともにもっともポピュラーな形式の門である。現在の大手門は意外に新しく、1938年(昭和13年)に建築されたものである。

姫路城俯瞰図

姫路城俯瞰図

国宝の姫路城は1993年(平成5年12月)奈良の法隆寺とともに、日本で初のユネスコの世界文化遺産にその名が登録され、連立式の天守閣群とその渡櫓は国宝に指定され、その他周辺の化粧櫓など多くの建物が重要文化財に指定され、「国宝五城」や「三名城」、「三大平山城・三大連立式平山城」の一つにも数えられている。姫山に建つ天守と鷺山の西の丸との全景が、白鷺が羽を広げて舞う姿に喩えられる外観から別名を白鷺城(はくろじょう)とも称される。

(交差法)
姫路城三の丸広場①(交差法)
(平行法)
姫路城三の丸広場①(平行法)

(交差法)
姫路城三の丸広場②(交差法)
(平行法)
姫路城三の丸広場②(平行法)

「世界遺産姫路城」の石碑ある場所は三の丸跡のある三の丸広場である。ここは江戸時代には城主の居館や政庁が置かれていた所で、本多忠刻と千姫の下屋敷武蔵野御殿があった所でもある。しかし明治の初め、兵舎設営のため建物はすべて取り壊され、現在では芝生の三の丸広場となり、春の観桜会、夏の薪能、秋の観月の夕べなどの催しが行なわれている。城主の居館跡は千姫ぼたん園となっており、葉桜の季節になると大輪の花が咲き競う。

(交差法)
姫路城入城口(交差法)
(平行法)
姫路城入城口(平行法)

入城口では「姫路城 祝 来城者222万人突破」の看板に紅白の幕が張られていたが、これは2015年度の入城者数が2日前の12月9日、222万人を突破し、過去最多の熊本城が2008年度に記録した221万9517人を超えて、日本の城郭の年間入城者数で過去最多記録を祝したものである。

(交差法)
姫路城菱の門①(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門①(平行法)

(交差法)
姫路城菱の門②(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門②(平行法)

菱の門断面
姫路城菱の門断面

入城口を通ると二の丸の入口を固めた菱の門がある。菱の門は三の丸から二の丸に至る門で、門全体に安土桃山時代の様式が残された桁行10間、梁間4間の大きさを誇る城内で最も大きな門である。両柱の上の冠木に木彫りの菱の紋のあることで名付けられた。禅宗寺院などに使われる華灯窓が城郭に使われるのは珍しく、重要文化財に指定されている。

(交差法)
姫路城三国堀①(交差法)
(平行法)
姫路城三国堀①(平行法)

(交差法)
姫路城三国堀②(交差法)
(平行法)
姫路城三国堀②(平行法)

菱の門の前には三国堀と呼ばれる捨濠が掘られている。この濠によって通路を狭め、攻め込んできた敵兵を追い詰めて討ち取りやすくしたものである。三国掘は、姫路城が位置する姫山と鷺山の2つの山の谷部に設けられた堀で、防衛及び溜池という2つの機能を有しており、二の丸の本道と間道の要所をおさえる重要な位置にある。

(交差法)
姫路城ろの門西南方土塀からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城ろの門西南方土塀からの天守閣(平行法)

(交差法)
姫路城はの門南方土塀①(交差法)
(平行法)
姫路城はの門南方土塀①(平行法)

二の丸には菱の門をはじめ複数の門が巧みに配置され、道も曲折して敵方が侵入しにくいように造られている。侵入してきた敵を狭い扇の勾配通路や小さく区画された部分に追い込むなど、城兵が戦い易いように工夫して設計されている。白壁に開けられた鉄砲・矢狭間は、実用性よりも装飾性が強く、「○△□」の窓が白壁面に整然として並び、城としてしての美的なアクセントとなっている。

(交差法)
姫路城はの門南方土塀②(交差法)
(平行法)
姫路城はの門南方土塀②(平行法)

「は」の門へといたる石畳の坂道。奥に見えるのが大天守と西小天守。天守にいたる道は迷路のように複雑で狭く、大軍が容易に攻め上れないように計画され、通路の壁の随所に施された鉄砲・矢狭間から激しい攻撃に遭うことになる。「は」の門に至る坂道は、ここから眺める天守の姿も美しく、鉄砲狭間とともに絵になるような風景である。松平健主演のテレビ映画「暴れん坊将軍」シリーズなどの時代劇のロケ地としてよく使われ“将軍坂”と呼ばれている。

(交差法)
姫路城にの門への道(交差法)
(平行法)
姫路城にの門への道(平行法)

(交差法)
姫路城乾小天守①(交差法)
(平行法)
姫路城乾小天守①(平行法)

姫路城にの門
姫路城にの門

「に」の門(重要文化財)から「ほ」の門(重要文化財)を通って姫路城本丸に入ると袋小路へ誘い込んだり、「に」の門を潜ろうとすると低い天井の板を突き破って槍の雨が降る仕掛けが施されている。姫路城本丸の入口にあたる「ほ」の門は頭を打ち付けるような低さで、万一の場合には埋めやすくなっている。「ほ」の門から水の一門、水の二門、水の三門(ともに重要文化財)を潜って天守に進む。

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姫路城ほの門(交差法)
(平行法)
姫路城ほの門(平行法)

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姫路城二の丸からの西小天守・大天守①(交差法)
(平行法)
姫路城二の丸からの西小天守・大天守①(平行法)

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姫路城二の丸からの大天守②(交差法)
(平行法)
姫路城二の丸からの大天守②(平行法)

水の一門、水の二門、水の三門と次第に下り坂となっている。このため、「ほ」の門を突破して本丸に入った敵兵は、天守へは登って行くものという先入観があるため、下りの水の門は天守に続くとは思わず、城兵が待ち構えている腰曲輪の方へ誘う仕掛けになっている。水の門を潜ったとしても、狭い場所なので混乱し、その間に西小天守や乾小天守から攻撃される狙いが水の門である。


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姫路城水の五門からの西小天守・大天守(交差法)
(平行法)
姫路城水の五門からの西小天守・大天守(平行法)

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姫路城ニの渡櫓からの大手町通り(交差法)
(平行法)
姫路城ニの渡櫓からの大手町通り(平行法)

水ノ五門は特殊な形をしており、櫓部分は実は大天守と西小天守を繋ぐ二階建ての渡櫓で、渡櫓の階下部分に門を設けた、とも云える。4つの大小天守が4つの渡櫓でロの字型に繋がる内庭部分に入り込む門なので城内でも最も重要な箇所を守る門とも云える。門の柱、冠木、扉などすべてのパーツは全面鉄板で覆われ、また上部の櫓の窓は二層とも鉄格子がある。櫓正面には隠し狭間が計6個設けられている。窓からは姫路駅と大手門通りが見え、南側に面していることが判る。

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姫路城大天守からの北腰曲輪イの渡櫓(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの北腰曲輪イの渡櫓(平行法)

(交差法)
姫路城大天守からの北腰曲輪ホの渡櫓(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの北腰曲輪ホの渡櫓(平行法)

(交差法)
姫路城大天守 復元模型(交差法)
(平行法)
姫路城大天守 復元模型(平行法)
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姫路城大天守断面
姫路城大天守断面

大天守(国宝)は外観は五層だが、地下一階、地上六階の巨大な木造建築である。一階は165坪もあり、姫路藩主ゆかりの書画や遺品が展示されている。二階では家紋瓦や花押を通じて江戸時代歴代の姫路藩主を偲ぶことができる。三階では地階から六階床下まで突き上げる根元直径95cmという東大柱と西大柱の巨大な心柱に目を奪われる。三階から四階へは長い階段が続き、窓などの開口部から城外の敵を攻撃する石打棚が設けられている。五階は狭くてうす暗いが、最上階の六階に上がると360度の素晴らしい展望が楽しめる。最上階には姫路城の守護神を祀る長壁(おさかべ)神社がある。天守に神社があるのは姫路城だけである。

(交差法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫①(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫①(平行法)

(交差法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫②(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫②(平行法)

(交差法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫③(交差法)
(平行法)
姫路城大天守からの姫路市立美術館 ※旧第十師団兵器庫③(平行法)

高さ約30mの大天守最上階から姫路城東側の眺望の中で一際目を引くレンガ造りの建物は、姫路市立美術館である。元々、城郭の一角に造られた旧陸軍第十師団兵器庫で、1905年(明治38年)の建造物は、国登録有形文化財に指定されている。大天守を上り始めた頃に雨が降っていたが、最上階に到達した頃には雨は止み、遠くの山の靄が幻想的な眺望を演出している。

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姫路城乾小天守②(交差法)
(平行法)
姫路城乾小天守②(平行法)

姫路城連立式天守配置
姫路城天守配置

大天守(国宝)に隣接して東小天守(国宝)、乾小天守(国宝)、西小天守(国宝)がある連立式天守の中でも見事なのは乾小天守。3つの小天守の中では一番大きく、外観は三層だが内部は地下一階、地上四階となっている。西小天守は大天守に敵に襲われたときに迎え撃つ最後の地点とされている。これら3つの小天守と大天守はイ・ロ・ハ・ニの4つの渡櫓(すべて国宝)で結ばれ、順路に沿って進むと、昭和の解体修理中に発見された貴重な品々が展示されている。

姫路城の鯱瓦と明治・昭和・平成時代の鯱瓦比較
鯱瓦 姫路城 明治・昭和・平成時代の鯱瓦

乾小天守は、三小天守の1つで天守台の西北隅(乾の方角)に位置している。他に「東」「西」小天守があり、三つの小天守の中では一番大きく、外観3層・内部は地下1階・地上4階の造りになっている。大天守は、天守台の東南隅に位置し、外観5重・内部は地下1階・地上6階の造りになっていて、最上階の大棟両端には阿吽(あうん)一対の大鯱瓦(しゃちがわら)を飾っている。外観は千鳥破風(ちどりはふ)・大千鳥破風・唐破風(からはふ)を組み合わせ、調和のとれた非常に美しい建物になっている。

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姫路城備前丸からの西小天守・大天守②(交差法)
(平行法)
姫路城備前丸からの西小天守・大天守②(平行法)

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姫路城備前丸からの大天守①(交差法)
(平行法)
姫路城備前丸からの大天守①(平行法)

備前丸から見上げる天守群の姿は、三国堀から眺める女性的な優美さとは異なり、見上げた風貌が男性的な勇姿に映ることが不思議に感じられる。備前丸は池田輝政が姫路城を築城した際に居館を建て、藩主と家族は実際に住んでいた。備前丸という呼称名は池田家時代にはなく、次の本多家時代以降の名付けとされ、播磨・淡路・備前三国に君臨した西国将軍池田輝政を偲んだ名称と推察されている。

(交差法)
姫路城備前門からの大天守(交差法)
(平行法)
姫路城備前門からの大天守(平行法)

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姫路城帯の櫓付近からの太鼓櫓(交差法)
(平行法)
姫路城帯の櫓付近からの太鼓櫓(平行法)

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姫路城帯の櫓(交差法)
(平行法)
姫路城帯の櫓(平行法)

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姫路城太鼓櫓(交差法)
(平行法)
姫路城太鼓櫓(平行法)

備前門を潜った場所にある帯の櫓の石垣は城内で一番高く、その高さは垂直方向に約23mあり、その石垣の上に、物見櫓と数寄屋風建物を続けて一つにまとめられて造られている。古い部分の外面はもちろん、数寄屋造りの部分でも城外に面する東面と南面は大壁造りで格子窓と狭間を開く戦いの顔を持っている。櫓の内部には、湯気抜きの簀子(すのこ)などがあるので、茶の席に使われたのではないかと云われている。

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姫路城上山里(交差法)
(平行法)
姫路城上山里(平行法)

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姫路城上山里 お菊井戸 天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城上山里 お菊井戸 天守閣(平行法)

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姫路城上山里 お菊井戸①(交差法)
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姫路城上山里 お菊井戸①(平行法)

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姫路城上山里 お菊井戸②(交差法)
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姫路城上山里 お菊井戸②(平行法)

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姫路城上山里 お菊井戸③(交差法)
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姫路城上山里 お菊井戸③(平行法)

「新形三十六怪撰 皿やしき於菊乃霊」月岡芳年画 1890年作品/「番町 皿屋敷お菊と播磨」1954年作品/「怪談 番町皿屋敷」 1957年作品
「新形三十六怪撰 皿やしき於菊乃霊」(月岡芳年画 1890年) 「番町 皿屋敷お菊と播磨」1954年作品 「怪談 番町皿屋敷」 1957年作品

城主が寛ぐ休息の空間、風雅を楽しむ空間を山里丸と称し、秀吉時代の曲輪の名称を残す渡り櫓と塀で囲まれた山上里という広場がある。元は釣瓶取井戸(つるべとりいど)と称していたが、今では播州皿屋敷のお菊が責められて投げ込まれたと伝わるお菊井戸として案内板が立っている。皿屋敷の怪談は、東京では番町皿屋敷として伝承され、播州地方でも江戸時代から語り継がれてきた話として映画化された。因みに当時の城の東側、現在の兵庫県立姫路東高校の敷地の付近にあった井戸が、その舞台とされている。

姫路城鳥瞰図(明治初期)

姫路城鳥瞰図(明治初期)

姫路城は、白漆喰総塗籠造りの鮮やかな白の城壁が特徴で、現在の大天守は、1609年(慶長14年)に建築され、築城以来400年、姫山の頂にそびえる姫路城は播磨国の象徴でありつづけるとともに、世界に誇る日本の城郭の造形美と賞賛される。標高46mの姫山とその西側にある鷺山を中心とする平地の中の小高い丘の上に石垣を積み上げて、天守や櫓を築いた平山城で、天守の北側を起点に、左回りに螺旋型の3重の濠で城と周囲の城下町を取り囲む総構えの城郭構造として木造建築の高度な技の粋を極めた。

姫路城西の丸櫓群と長局(百間廊下)

姫路城西の丸櫓群と長局(百間廊下)

城内にある明治初期の俯瞰図の看板を通り過ぎて左折すると、緩い上り階段が西の丸への入口となる。本丸、二の丸などの天守群が建つ場所は姫山の小高い丘の山頂に対して、西の丸は鷺山の丘を削って整地した場所にある。現在の西の丸が秀吉時代、輝政時代にどのような姿であったかは確かな記録が残っていないので明確ではないが、昭和の修理の際に地下から古い石垣の遺構などが出てきたことから、本多忠政がここを整備する以前から何らかのお城の構造物があったことは間違いない。

(交差法)
姫路城菱の門付近からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門付近からの天守閣(平行法)

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姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣②(平行法)

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姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣③(交差法)
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姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣③(平行法)

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姫路城菱の門西側・西の丸南門跡(交差法)
(平行法)
姫路城菱の門西側・西の丸南門跡(平行法)

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姫路城西の丸高台からの天守閣①(交差法)
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姫路城西の丸高台からの天守閣①(平行法)

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姫路城西の丸高台からの天守閣②(交差法)
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姫路城西の丸高台からの天守閣②(平行法)

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姫路城西の丸高台からの天守閣③(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣③(平行法)

西の丸は江戸時代初期、本多忠政が嫡男・忠刻と千姫夫妻(家康の孫娘で、豊臣秀頼の元妻)が暮らすために造られたもの。姫路城の西側の防衛機能を強化する狙いもあったと云う。1618年(元和4年)年築の西の丸長局(百間廊下)は国指定重要文化財い指定されている。300mもの廊下に部屋が並んでおり、千姫に仕えた侍女たちが住んだ。櫓の名前は細かく書くと、手前から「ヨ」の渡櫓、「ヌ」の櫓、化粧櫓と称する。

(交差法)
姫路城西の丸ワの櫓(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸ワの櫓(平行法)

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姫路城西の丸渡櫓からの天守閣①(交差法)
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姫路城西の丸渡櫓からの天守閣①(平行法)

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姫路城西の丸渡櫓内部①(交差法)
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姫路城西の丸渡櫓内部①(平行法)

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姫路城西の丸渡櫓からの天守閣②(交差法)
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姫路城西の丸渡櫓からの天守閣②(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型①(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型①(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 黒田官兵衛城主時代の居城模型②(平行法)

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城セット(上)姫路城イメージ(左下)/姫路城設定(右下)
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城セット
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城イメージ NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の姫路城設定

西の丸櫓群の展示では、姫路城の歴史を歴代の城主ごとに築城から改築・改修、現在に至る建築構造などの変化や、城主それぞれの家紋を施した瓦などの資料や解説で辿っている。展示品の中には、NHK大河ドラマ用のセット製作で推定復元された黒田官兵衛時代の姫路城模型があった。1575年(天正3年)夏、官兵衛は主君・小寺政職をはじめ重臣たちを説き、織田信長の傘下に入り、1577年(天正5年)信長は羽柴秀吉に中国地方の平定を命じる。官兵衛は秀吉に対し、姫路城を拠点にするよう勧め、秀吉に姫路城を譲った。

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 現在の姫路城と秀吉時代の姫路城(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 現在の姫路城と秀吉時代の姫路城(平行法)

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の秀吉時代の姫路城
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の秀吉時代の姫路城

黒田孝高(官兵衛)/羽柴秀吉(豊臣秀吉)/池田輝政
1567年(永禄10年)姫路城主 黒田孝高(官兵衛) 1580年(天正8年)姫路城主 羽柴秀吉(豊臣秀吉) 1600年(慶長5年)姫路城主 池田輝政

姫路城に入った秀吉は、1581年(天正9年)にかけて姫路城の大改修を行い、山陽道で初めて天守閣のある城を築城した。姫路城主であった1582年(天正10年)6月2日本能寺の変の報を聞いた秀吉は有名な「中国大返し」で急遽姫路城に戻り、明智光秀の討伐により一気に天下人へと昇りつめた。出世の足掛かりとして秀吉の「出世城」とも呼ばれる。関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政により、現在見られる大規模な城郭へとさらに拡張された。現在の姫路城大天守と秀吉姫路城の復元模型での比較展示があった。

化粧櫓断面
姫路城西の丸化粧櫓断面

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓内部②(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓内部②(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣③(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓からの天守閣③(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫奉納羽子板(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸渡櫓展示 千姫奉納羽子板(平行法)

千姫姿絵
千姫姿絵


長局(ながつぼね)は百間廊下と呼ばれ、千姫に仕えた侍女たちが居住していた局である。総延長300mある百間廊下の最後に化粧櫓(重要文化財)に至る。西の丸の長局に来て男山の天満宮を拝んだ千姫がこの櫓を休憩所とした場所は、平成の大天守修理に関わって特別公開された。部屋の奥には弘経寺(茨城県水海道市)所蔵の「千姫姿絵」をもとに再現された千姫と娘・勝姫の人形が展示されている。百人一首を楽しんでいる情景に煙草盆があり、煙草を嗜んだことが分かる。千姫天満宮で保存されている千姫が奉納した『源氏物語』を主題にした金彩の豪華な蒔絵が施された羽子板が展示されていた。

江戸中期の姫路城内郭
江戸中期の姫路城内郭

城の要塞としての機能性は、縄張り(設計、構成、仕組み)の出来で決まると云われ、現在の姫路城は、内濠に架かる橋を渡った内側となる内曲輪である。本来の姫路城の縄張りは、本丸のある姫山の麓を起点に、左回りの大きな螺旋を描いて内濠、中濠、外濠の線が3重になっており、それぞれ城郭のそびえる内曲輪、武家屋敷の並ぶ中曲輪、組屋敷や町屋などの城下町が並ぶ外曲輪に分かれた複雑巧妙なものであった。濠の総延長は11.5km、外濠で囲まれた城下町の面積は187haもあり、江戸城と姫路城にしか類例のない形式である。

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣④(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣④(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸高台からの天守閣⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣①(交差法)
(平行法)
姫路城西の丸カの櫓北方土塀からの天守閣①(平行法)

(交差法)
姫路城太鼓櫓・大天守(交差法)
(平行法)
姫路城太鼓櫓・大天守(平行法)

(交差法)
姫路城大手門②(交差法)
(平行法)
姫路城大手門②(平行法)

(交差法)
姫路城桜門橋・大手門(交差法)
(平行法)
姫路城桜門橋・大手門(平行法)

姫路城400年の歴史の中で、一度も外敵と戦闘を行なわなかったので“不戦の城”とも称される。昭和になって姫路城は国宝保存法により国宝に指定され、1935年(昭和10年)から昭和の修理工事に着手。太平洋戦争時には、白い城は目立つとしてカモフラージュ用の網が被せられ、姫路は2度の空襲で焼け野原になったが、天守最上階に落ちた焼夷弾が不発弾となるなど姫路城は奇跡的に戦火を免れたことから現在に至るまで大天守をはじめ多くの城郭建築の姿を残している。江戸時代から現存している僅か12城天守閣の一つである。天守や櫓、門などをはじめとする内曲輪の城郭建築がほぼ建築当初のままの完全な状態で残されており、他に類例のない遺構も多く、極めて貴重な文化遺産となっている。

修理前と後の姫路城天守(左)/天守閣工事風景(右)
修理前と後の姫路城天守 姫路城 天守閣工事

終戦後、その修理が再開され、1956年(昭和31年)から天守閣群の解体復元工事「昭和の大修理」が8年の歳月をかけて行われた。これにより生まれかわった姫路城は、1993年(平成5年)に世界遺産にも登録されたことから、今後も修理を重ねながら将来に亘り現在の姿を残していくため、築城から400年目となる2009年から5年余りの歳月をかけて大規模な改修工事が行われた。壁の塗り替えと屋根のふき直しを目的に、大天守を閉鎖して総工費は24億円。腕を振るった職人は延べ1万5000人以上を数えるという「大修理」工事を行った。

(交差法)
姫路城内塀からの天守閣(交差法)
(平行法)
姫路城内塀からの天守閣(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関(平行法)

姫路城を堪能した後は内堀沿い東側にある姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」を訪れた。この場所も前述通り、姫路城の世界遺産登録記念日として、当日は入場料が無料であった。好古園は発掘調査で確認された武家屋敷跡などの遺構を活かして、市制100周年を記念して文化財の保全と活用を兼ねた新しい文化の場として1992年(平成4年)に造営された池泉回遊式の日本庭園である。

姫路城西御屋敷跡庭園 好古園案内図

姫路城西御屋敷跡庭園 好古園MAP

姫路城の南西に位置し、姫路城の南西、大手門の近くにあり、総面積は約1万坪にも及ぶ。滝や池のある池泉回遊式の「御屋敷の庭」を中心に、数寄屋造りの茶室のある「茶の庭」のほか、「苗の庭」、「流れの平庭」、「夏木の庭」、「花の庭」、「松の庭」、「築山池泉の庭」、「竹の庭」といった個性的な9つの庭園から構成されている。

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 屋敷門(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 屋敷門(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭④(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭④(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 活水軒(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 活水軒(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 渡り廊下(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 渡り廊下(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑦(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑦(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 潮音斎「藍華綴り展」(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭 潮音斎「藍華綴り展」(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑧(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑧(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑨(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑨(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑩(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑩(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑪(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑪(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑫(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑫(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑭(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑭(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑬(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 御屋敷の庭⑬(平行法)

整備に先立つ7次にわたる発掘調査で、元和4年(1618)に本多忠政が造営した西御屋敷や武家屋敷、通路跡等の遺構が確認され、酒井家時代の「姫路侍屋敷図」に記されたものと略合致した。庭園の計画は、京都大学教授中村一氏の設計監修を受けたものであり、確認された屋敷割や通路の地割を活かした9つの大小庭園群及びアプローチ樹林帯・広場で構成される。また庭園内には、築地塀・屋敷門・長屋門や渡り廊下で結んだ「活水軒」「潮音斎」をはじめ、裏千家第十五代家元千宗室氏の設計・監修による本格的数寄屋建築の茶室「双樹庵」を配している。

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭④(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭④(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 苗の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 茶の庭 双樹庵③(平行法)

この庭園は池や水の流れで結ばれた池泉回遊式庭園だが、最大の特徴は世界遺産・国宝姫路城を借景としていることである。姫路城西の丸一帯の豊かな原始林を借景とした庭園は、歴史と自然が調和した優美な景観を創り上げている。「好古園」の愛称は、藩校「好古堂」に因んで命名された。江戸時代最後の姫路藩主であった酒井家は、前任地上野国厩橋(群馬県前橋市)において1692年(元禄5年)に藩校「好古堂」を開校した。1749年(寛延2年)酒井忠恭が姫路藩へ移封されたとき、藩校も姫路城内大名町東南総社門内の元藩会所跡に移設された。

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑦(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑦(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑧(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑧(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑨(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑨(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑩(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 流れの平庭~夏木の庭~松の庭~花の庭⑩(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築地塀(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築地塀(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭①(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭①(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭②(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭②(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭③(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭③(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭④(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭④(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑤(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑤(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑥(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑥(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑦(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 築山池泉の庭~竹の庭⑦(平行法)

(交差法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関~屋敷門への通路の猫(交差法)
(平行法)
姫路城西屋敷公園 好古園 玄関~屋敷門への通路の猫(平行法)

「るろうに剣心」2012年作品(左)/好古園ロケ(右)
「るろうに剣心」2012年作品 「るろうに剣心」好古園ロケ

「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」2012年作品(左)/好古園ロケ(右)
「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」2012年作品 「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」好古園ロケ

85種1万本の樹木と四季折々の花、水の流れが美しく、園内ではレストランでの食事や茶室で呈茶(有料/お菓子付)のサービスを受けることができる。江戸時代を偲ばせる築地塀や屋敷門・長屋門、渡り廊下で結ばれた活水軒と潮音斎の佇まいが特別史跡地に相応しい歴史的景観を創り出し、時代劇や大河ドラマのロケ地としても使われており、記憶に新しいところでは、「るろうに剣心」や「大奥〜永遠〜[右衛門佐・綱吉篇]」の撮影に使われている。

(交差法)
姫路城と人力車(交差法)
(平行法)
姫路城と人力車(平行法)

(交差法)
姫路 大手町通り②(交差法)
(平行法)
姫路 大手町通り②(平行法)

姫路城大天守保存修理完成記念 航空自衛隊ブルーインパルス 祝賀飛行(2015年3月26日)
Blue Impulse


雨はすっかり止み、予定通りの時間でゆっくりと姫路城と好古園を満喫できた。僅か12城しかない現存天守に入城するのは今回初めての経験であったが、迷路が巡り、急勾配の階段や屈んでしか通れないよう低く設定された門などにより、想像以上に進み難いことを実感できた。午後からは天気も落ち着いたので人出も増え、大天守内が混雑したこともあり、少々息苦しくて汗も滲んできた。姫路城は天守群から少し離れた西の丸からの眺望がベストと感じられた。好古園では今まで訪れた庭園では味わえなかった心に沁みる和の空間を堪能し疲れを癒す清涼剤となった。これが無料だなんてラッキー過ぎて観光利益に貢献できず、姫路市民に申し訳なく感じられた。

姫路城・好古園


午後3時過ぎに姫路から宿泊地である播州赤穂へ向かうため、大手門通りを戻り姫路駅に到着すると駅構内は騒然としていた。切符の自動販売機は使用不可となっており、駅員を囲むようにして大勢の人が足止め状態にあった。何があったのかは判り得ないが、対応する駅員自身も詳細を把握していない様子で、次々と浴びせられる質問には「情報が判り次第、お知らせします」と繰り返すだけだ。果たして播州赤穂まで辿り着けるかどうかも判らない状況のようである。一体、どうなるのだろう・・・・・。

「至福の播磨国探訪記(赤穂温泉・明石海峡大橋編)」に続く
~ To be continued ~
 
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MOTO

Author:MOTO
広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
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