3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

灘の酒蔵と歴史を訪ねる

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先月、肝機能に関する血液検査を受けたところ、想像以上に数値が芳しくなく、来月中旬にあらためて国立医療センターで検査入院することが決まった。肝機能イコール飲酒が要因と思われがちだが、脂肪肝による機能低下などもあり得るため、必ずしも飲酒が直接原因でない。しかし日本酒を好んで飲んでいた私にとっては、どちらにしても肥満に繋がらないようにしなければならないし、肝機能に問題があるなら酒を控えることは必然である。そう考えた挙句、今後は正月以外は日本酒を購入しないことを決断した。嫁さんは、私の切換えの決断を尊重し、神戸市灘区の酒処を訪れて、日本酒との暫しのお別れを成就させようと企画したのである。

灘の男酒

日本酒の生産地は、兵庫県の「灘」京都府の「伏見」広島県の「西条」日本三大酒処と云われている。日本酒は米と水が肝要なのだが、灘は酒造適合米の山田錦、六甲山から流れ出ている宮水、更には輸送に便利な港に恵まれ、灘酒ブランドの代名詞である“灘の生一本”で知られる日本酒の名産地として栄えた。日本酒度の高い辛口のお酒が多く、“灘の男酒”と呼ばれている。“灘”とは本来、風波が荒く航海の困難な海のことを意味するが、酒類業界では通常清酒の主産地である兵庫県神戸市の東灘区・灘区から西宮市今津に至る阪神間の12kmに及ぶ沿岸地帯の“灘の酒蔵”を指している。

灘五郷マップと代表的な酒蔵
灘五郷マップ
沢の鶴株式会社白鶴酒造株式会社菊正宗酒造株式会社剣菱酒造株式会社 公式サイトへ櫻正宗株式会社大関株式会社辰馬本家酒造株式会社日本盛株式会社

灘の酒造は5つの“郷”と呼ばれる地区に分かれており、西から、西郷(沢の鶴etc.)・御影郷(白鶴、菊正宗、剣菱etc.)・魚崎郷(櫻正宗etc.)※以上神戸市、今津郷(大関etc.)・西宮郷(白鹿、日本盛etc.)※以上西宮市、の地域を合わせて“灘五郷”と呼称され、現在も多くの酒蔵が伝統の技を競い合い、味わい豊かな酒を造り続けている。灘の酒造りの歴史は400年以上と云われ、室町時代には既に酒造が始まっていたとの記録があり、一般的には寛永年間(1624年~1643年)に伊丹の雑喉屋文右衛門が西宮に移り住んで酒造りを始めたのが最初と云われている。

【阪神魚崎駅】
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阪神魚崎駅(交差法)
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阪神魚崎駅(平行法)

【国道43号線】
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国道43号①(交差法)
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国道43号①(平行法)

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国道43号②(交差法)
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国道43号②(平行法)

【櫻正宗本社醸造棟】
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櫻正宗本社醸造棟(交差法)
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櫻正宗本社醸造棟(平行法)
【櫻正宗記念館「櫻宴」】
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櫻正宗記念館「櫻宴」①(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」①(平行法)

休日の午後、灘の酒処を探訪するため阪神電車で魚崎駅に向かった。阪神電車 魚崎駅は、東神戸港に造られた人工島 六甲アイランドを結ぶ神戸新交通 六甲ライナーへの乗り換え駅でもあり、特急電車が停車する主要な駅である。南側には産業主要道路としての国道43号や阪神高速道路があり、交通便の良い地域でもある。魚崎駅から10分くらい歩いたところにある「櫻正宗」本社の向かい側には、正宗名発祥の起源や歴史を後世に遺す櫻正宗記念館「櫻宴」が見えてくる。木の香りが漂う落ち着いた雰囲気の二階の酒蔵ダイニングで、搾りたて原酒と料理を堪能するべく昼食を摂った。

櫻正宗ラベル
櫻正宗ラベル

櫻正宗記念館「櫻宴」ロゴ
sakuraen_logo3.gif

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櫻正宗記念館「櫻宴」②(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」②(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」③(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」③(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」④(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」④(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑤(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑤(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑪(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑪(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑫(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑫(平行法)

櫻正宗は、寛永二年(1625年)に伊丹荒牧村(現・兵庫県伊丹市)に創醸し、江戸時代末期には本拠を神戸の上灘(現・魚崎郷)に移し、“宮水の発見”“協会一号酵母”“高精白米使用”の先駆者としても知られる老舗酒造メーカーである。館内には、櫻正宗創業300年余りの歴史を物語る酒造道具の数々、レトロな看板や酒瓶などや、昔からの酒造りの工程をプロジェクターで映し出した展示コーナーがある。ロビーの池には鯉が泳ぎ、橋も架けられるなど凝った内装の一階には、喫茶スペースや、酒商品や特産品などを販売しているお土産品ショップがあり、櫻宴で日本酒を飲まない人や食事しない人でも櫻正宗記念館を自由に入館できるようになっている。

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑥(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑥(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑦(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑦(平行法)

灘の酒の代名詞とも云える六甲山の伏水である“宮水”は、西宮神社の南東側一帯の海岸に近い一角だけに湧き水で、酒の醸造に打ってつけの水である。六甲山の花崗岩を通って砂礫に磨かれ、貝殻等の養分が溶け込んだ水は、硬度が高く、リン含有量が多く、鉄分が少ないなどの特性により、酵母菌の発育成長を促した。この名水は江戸時代末期、西宮と魚崎で酒造りをしていた櫻正宗6代目当主 山邑太左衛門が、西宮で造る酒と魚崎で造る酒の味の違いに気付いたことが、“宮水”の発見とされる。その後、灘の酒蔵は競って宮水を使うようになり、宮水井戸を持たない酒蔵に井戸水を売る“水屋”と称する商売も成り立っていた。

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑧(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑧(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑨(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑨(平行法)

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑩(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑩(平行法)

山邑太左衛門は、歌舞伎役者の名に由来する創業からの酒銘である「薪水」は女性的で、酒客の嗜好に相応しくないと悩み、1840年(天保11年)「正宗」を酒銘とした。当初は“セイシュウ”と呼称したが、“マサムネ”と読まれて親しまれ、一般的に定着して明治期に至るまで「正宗」の銘で流通した。正宗という銘は江戸期に流行った酒銘であり、櫻正宗だけが「正宗」ではなかった。1864年(明治17年)商標条令が発令され、登録申請で多くの蔵元が正宗を名乗り出る競願となり、“正宗”は普通名詞として扱われて受理されず、国花である櫻花一輪を冠し「櫻正宗」と名付けられて現在に至っている。後述の「菊正宗」の酒銘経緯も同様の事情によるものである。

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櫻正宗記念館「櫻宴」⑬(交差法)
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櫻正宗記念館「櫻宴」⑬(平行法)

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魚崎南町(交差法)
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魚崎南町(平行法)

松並木が続く沿道では、酒蔵の黒塀と比較的新しいマンションが対照的で、歴史的な街並みへの配慮と震災復興の新しさが融和した落ち着いた雰囲気が漂う景観である。暫く歩いて住吉川と川沿いの「清流の道」に跨がる最下流の島崎橋を渡ると、350年を超える清酒造業界の老舗メーカー“キクマサ”の愛称で知られる「菊正宗」の赤い文字の広告塔が見えてきた。「菊正宗酒造記念館」では、国指定・重要有形民俗文化財「灘の酒造用具」や所蔵する小道具類を展示。酒造りの歴史を今日に伝える資料館として、年間5万人の来館者が訪れる。

菊正宗ラベル
菊正宗ラベル

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菊正宗酒蔵記念館①(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館①(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館②(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館②(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館③(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館③(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館④(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館④(平行法)

【阪神御影駅】
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阪神御影駅(交差法)
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阪神御影駅(平行法)

【御影クラッセ】
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御影クラッセ(交差法)
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御影クラッセ(平行法)

【澤之井の地】
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澤之井の地(交差法)
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澤之井の地(平行法)

菊正宗の起源は、1659年(万治2年)徳川4代将軍家綱の時代、御影村の在郷商人(廻船業、網元)の嘉納治郎太夫宗徳が、材木商を本業とする嘉納屋本家において、副業として当時先端の酒造業に進出したことに遡る。現在の阪神電車 御影駅の北にある御影石の澤之井の地のモニュメントから溢れる澤乃井(沢の井)と呼ばれる湧水を汲んだ水で酒を造り、後醍醐天皇に献上したことで嘉納の名を賜ったとも伝わる。この泉に神功皇后がお化粧を召される際に姿を映したことが「御影」の名の起源との逸話がある。灘五郷の本家である本嘉納家(菊正宗)と分家である白嘉納家(白鶴)は、御影郷で指折りの名門として嘉納財閥を形成する。嘉納屋本家の菊正宗が酒造専業となるのは、分家の白嘉納家が白鶴酒造を創立した後である。

【水車精米】
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菊正宗酒蔵記念館⑲(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑲(平行法)

【生酛造り】
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菊正宗酒蔵記念館⑬(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑬(平行法)

【宮水井戸】
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菊正宗酒蔵記念館⑳(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑳(平行法)

江戸時代初期には池田・伊丹地域を中心に江戸向けの酒造地として繁栄し、酒株発行によって酒造人や酒米の量を制限していたが、1754年(宝暦4年)「勝手造り令」による規制緩和を機に本嘉納家など諸々の灘の商人が酒造業に進出する。灘の蔵元は、丹波篠山の酒造技術集団丹波杜氏”による農閑期の出稼ぎで占められ、水車を使った精米や六甲山からの冷たい乾燥した風(六甲おろし)による寒仕込みや生酛(きもと)造りが確立された。良質な酒米と宮水という六甲山系の自然の恵みを丹波杜氏の職人技で醸した辛口を携え、灘酒は名声を博した。丹波杜氏は、南部杜氏(岩手)越後杜氏(新潟)と共に日本三大杜氏の一つに数えられる。

上方~江戸間 樽廻船航路(上)/樽廻船(下左)/下り酒『東海道五十三次 日本橋』(下中)/『新撰銘酒寿語禄』(下右)
上方~江戸間 樽廻船航路
樽廻船「昔の酒蔵 沢の鶴資料館」展示模型 『東海道五十三次 日本橋』歌川広重(弘化4年〜嘉永4年[1847-1851]) 剣菱酒造蔵 『新撰銘酒寿語禄』梅素亭玄魚 画 文久元年(1861)

更に伊丹などの酒は馬の背に重い樽を積んで港まで陸送するのに対し、大消費地である江戸に重い酒を海上輸送するのに便利な沿岸部に醸造場が築かれた灘地域は、樽廻船によって大量の酒を江戸へおよそ20日で運ぶことができた。灘酒は1815年(文化12年)生産高で先達の伊丹酒を凌駕し、江戸時代後期には3000もの樽を一度に運べる船も現われた。海路波に揺られて樽の木の香りが酒に移り、芳香な清酒になったと云われている。本嘉納家は、造る酒の殆どを江戸に運ぶ“下り酒”にし、醸造技術途上で濁酒(どぶろく)に近い当時の江戸の酒に対して、洗練された諸白(清酒)は最高品質の酒として珍重されて江戸市場を席巻し、灘は名実ともに銘醸地として発展を遂げ、新興の酒造蔵としての地位が確立されて行った。

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菊正宗酒蔵記念館⑤(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑤(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑥(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑥(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑫(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑫(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑭(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑭(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑰(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑰(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑮(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑮(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑯(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑯(平行法)

本嘉納家は文化・文政(1804年~1829年)年間で石高を約3倍に増やして隆盛を極めた。1866年(明治19年)嘉納家8代目秋香翁は、ふと庭前に咲く一輪の白菊を見て「菊は霜雪をしのいで、香気馥郁たる如く、よろしく万難を排して意気、ますます軒昂たるべし、菊なるかな」と感じ、酒銘に菊の字を冠した「菊正宗」ブランドを商標登録した。海外への積極的な輸出や宮内省御用達拝命など、その後の発展基盤が固められた。1889年(明治22年)良い酒を造ることに心血を注いだ秋香翁は、微生物を扱う醸造の工程を科学的に分析するため、ドイツ製の顕微鏡を購入し、西洋の学問の技術者を招聘して断熱効果を高めたレンガの酒蔵やビン詰め工場など、最新鋭の設備投資で業界に先駆けた技術改善を敢行し、近代醸造への足掛かりを築いた。

阪神・淡路大震災で被災した菊正宗酒蔵記念館
阪神・淡路大震災当時の菊正宗酒蔵記念館

1945年(昭和20年)阪神間を襲った爆撃により菊正宗も大部分の蔵を焼失したが、戦後、僅か3蔵から復興を遂げた。現代においても代表的な酒処を誇る灘の酒蔵は、1995年(平成7年)1月17日午前5時46分に発生した阪神・淡路大震災により、神戸市は甚大な被害に見舞われ、灘の酒蔵が集中する魚崎~御影の地域では、古い酒蔵が全滅に近い打撃を受けた。しかし倒壊した柱や壁を使って伝統的な酒蔵を見事に復興させ、古い歴史と情緒に満ちた情景を味わう街並みとして復興した。街を流れる住吉川のせせらぎに沿って遊歩道が続き、数多くの酒造メーカーの工場や、酒に関する博物館、資料館など、酒蔵めぐりの散策を楽しむ人が訪れる場所となっている。

江戸時代の酒造りの様子
江戸時代の酒造り

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菊正宗酒蔵記念館⑨(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑨(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑩(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑩(平行法)

日本酒は、一般的に米と水、米のデンプンを糖に分解した麹(こうじ)で造られ、これらの原料に酵母菌(イースト菌)を混ぜて発酵させ、ブドウ糖を分解させてアルコールを排出する。良質な酒米の条件として、千粒重(千粒の重さ)が大きく、心白(中心部の白い不透明部分)率が高く、たんぱく質の含有量が少ないこととされ、山田錦はすべての条件を兼ね備えた最高峰の酒米とされる。反面、背丈が高くて倒れ易く高度な栽培技術が要求される。1923年(大正12年)兵庫県立農事試験場で誕生以来、兵庫県六甲山地の北側に位置する三木市吉川町や加東市社などで栽培された酒造好適米は“秋上がり”する辛口の灘の男酒を生み出してきた。

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菊正宗酒蔵記念館⑦(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑦(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑧(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑧(平行法)

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菊正宗酒蔵記念館⑪(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑪(平行法)

菊正宗の歴史は灘の酒蔵の歴史の輪郭を表していると言っても過言ではなく、「菊正宗酒造記念館」は、灘の酒蔵の歴史や灘が銘醸地として栄えてきた背景などの概略を知ることができる。酒蔵の模型を使った館内の案内係による説明では、灘の酒蔵の建て方は、南側には洗米や蒸米作業をする前蔵が、北側には仕込み蔵や貯蔵蔵が重なるように位置し、冬の寒風(六甲おろし)を取り入れ易くするために、窓を多く設けた仕込蔵を北側に配した“重ね蔵“と称する独特の配置で、北国では逆になっているとのこと。灘の酒蔵の特性や独自性などを視覚的に理解できる展示物は見応えがある。

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菊正宗酒蔵記念館⑱(交差法)
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菊正宗酒蔵記念館⑱(平行法)

菊正宗 酒蔵の酒カレー(左)/菊正宗 吟練り 酒うどん(右)
菊正宗 酒蔵の酒カレー菊正宗 吟練り 酒うどん

【菊正宗酒蔵製品工場】
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菊正宗酒蔵製品工場(交差法)
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菊正宗酒蔵製品工場(平行法)

お土産品ショップでは想像以上に商品が豊富で、酒類のみならず、食品や化粧品、記念品などが販売されていた。お酒は荷物が重くなるので購入を諦め、「菊正宗 酒蔵の酒カレー」「菊正宗 吟練り酒うどん」「菊正宗 ミニ菰樽(中身なし)」を購入した。後日、家で食べたが、酒蔵の賄い料理として日本酒で煮込んだカレーは、東京在住時に食べた「日比谷松本楼」ハイカラカレーを彷彿させる本格的な味わいがある。うどんは細くて他にはないツルツルした食感が良い。どちらも酒の香りや味が強調されたものでなく、美味いと感じるものであった。試飲コーナーは、お酒が入ったカップが置かれ、気軽に手に取ることができるが、昼間なので嗜む程度にした。

白鶴ラベル
白鶴ラベル

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白鶴酒蔵本社(交差法)
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白鶴酒蔵本社(平行法)

白鶴酒造 製造工程図
白鶴酒造製造工程図

菊正宗のすぐ近く、灘五郷の御影郷の真ん中位置する場所に白鶴酒造の本社、工場、資料館などが立ち並ぶ。1743年(寛保3年)本嘉納の分家・白嘉納は御影郷に「白鶴」を創業し、1747年(延享4年)「鶴」の名を冠する酒銘が数多く存在した当時、白嘉納家とする呼称の“白”と清楚な“丹頂鶴”をイメージし「白鶴」と冠した。明治以降は積極的な海外戦略や新商品開発により、代表的な銘柄に成長する。白鶴酒造には、異なる特徴の本店二号蔵工場、本店三号工場、旭蔵工場という現在3つの醸造所がある。本店二号蔵工場は昔ながらの伝統的な製造方法で吟醸酒などを製造し、本店三号工場は最新技術による醸造方法で、年間を通じて酒造稼働している。旭蔵工場は、最新の装置と伝統的な設備を併せ持つ蔵で、吟醸酒やレギュラー酒を製造し、それぞれが適した酒を醸造する体制になっている。

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白鶴酒蔵資料館①(交差法)
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白鶴酒蔵資料館①(平行法)

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白鶴酒蔵資料館②(交差法)
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白鶴酒蔵資料館②(平行法)

大正初期建造の古い酒蔵を利用した「白鶴酒蔵資料館」は、1969年(昭和44年)まで清酒醸造に使われていた本店一号蔵工場を改造し、1982年(昭和57年)に開設された。広大な敷地の中にある資料館前の手入れされた芝生に目を奪われる。内部は出来るだけ当時のまま保存し、作業内容を再現するために等身大の人形を配置して、昔ながらの酒造工程を立体的に判り易く展示している。入口にある菰樽の数の多さと重ねた高さに圧倒され、菰に描かれた白鶴の特徴的な柄が印象に残る。この資料館は、近隣の他の記念館に比べても規模が大きく、差し詰め酒造りのテーマパークの様相を呈している。

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白鶴酒蔵資料館③(交差法)
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白鶴酒蔵資料館③(平行法)

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白鶴酒蔵資料館④(交差法)
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白鶴酒蔵資料館④(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑬(交差法)
(平行法)
白鶴酒蔵資料館⑬(平行法)

お酒の香り漂う重みある館内に足を踏み入れると、甑(こしき)と称する釜場での蒸米作業の様子が再現されている。甑の上の堀手は釜の熱さから足を守るために「こしき靴」と称する長靴のような藁靴を履き、取手は動きやすいように足首を紐で縛った藁草履(わらぞうり)を履いている。阿弥陀車(あみだぐるま)と称する滑車を使って、杉の木で作られた仕込み用の大きな桶を持ち上げる作業である。2階に上がると綺麗に並べられた蒸米の列が目に入る。六甲おろしの寒風を受けるように建てられた蔵の2階で、甑から取り出されたばかりの沸騰した釜の蒸気が立籠める中、蒸米が冷却される。

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白鶴酒蔵資料館⑤(交差法)
(平行法)
白鶴酒蔵資料館⑤(平行法)

2人の蔵人が桶の中に酛摺り(もとすり)棒で練り上げる作業の展示は、蒸米と水と麹を桶に入れ、酒母を作る“生酛造り”の様子である。酛摺り唄を歌いながら行われた生酛造りは、「櫂でつぶすな、麹で溶かせ」と云われるデリケートな力加減を要する高度な技で、寒い冬の深夜に一晩中丹念に施す重労働であったので、昔から蔵人たちに敬遠された。次第に工程を省略する山廃酛(やまはいもと)速醸酛(そくじょうもと)の手法が探究され、一時期、生酛造りは廃れていたが、近年の伝統再評価の流れの中で再び脚光を浴びつつあり、菊正宗酒蔵は、日本で初めて生酛仕込みの量産化に成功している。

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白鶴酒蔵資料館⑥(交差法)
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白鶴酒蔵資料館⑥(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑦(交差法)
(平行法)
白鶴酒蔵資料館⑦(平行法)

出来上がった酒は、香りが良く木目が平均化している吉野杉の白と赤の境目の部分で作った甲付樽に入れられる。杉の木は表皮に近い部分は白く、中の部分は赤い色で、外側は見た目に美しい白い部分、内側は赤味で酒の香りを高める。銘柄を入れた藁菰(わらこも)で巻き、とじ縄をかけた「本荷造」やレッテルを貼っただけの「裸」と呼ばれる樽が、天井高くまで積み上げられている。菰樽には、日本独特の色遣いやデザインで各銘柄の特徴を表しており、広告媒体として酒蔵や料理店での店頭に置かれ、銘柄をアピールするツールとなっている。大正初期頃の酒造りの職人である蔵人の食事風景を再現した展示もある。

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白鶴酒蔵資料館⑩(交差法)
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白鶴酒蔵資料館⑩(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑧(交差法)
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白鶴酒蔵資料館⑧(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑨(交差法)
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白鶴酒蔵資料館⑨(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑫(交差法)
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白鶴酒蔵資料館⑫(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑪(交差法)
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白鶴酒蔵資料館⑪(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑭(交差法)
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白鶴酒蔵資料館⑭(平行法)

酒造りの全工程の見学を終え、丹波杜氏による職人の心意気を偲んだ後は、白鶴酒蔵自社用の火災に備えていた昔の消防ポンプ、珍しい左ハンドルの三菱製消防車や蔵に残されていた酒器や白鶴酒造の経営者である嘉納家代々の所蔵物、蔵に残されていた伝統品、絵画ポスターなど貴重な品が展示されている多目的ホールに続く。「菊正宗酒蔵記念館」が日本酒好きをターゲットにしたマニアックな酒蔵の歴史の展示とするならば、「白鶴酒蔵資料館」は、外国人や社会見学をターゲットにした判り易い酒造の工程の展示と云える。呑み過ぎると厳しいが、魚崎駅~御影駅 約3Kmの道程は心地良いウォーキングとなる。見学するなら、この日の同じく「菊正宗酒蔵記念館」⇒「白鶴酒蔵資料館」の順が解り易くてお勧めである。

(交差法)
菰樽記念品(交差法)
(平行法)
菰樽記念品(平行法)

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白鶴酒蔵資料館⑮(交差法)
(平行法)
白鶴酒蔵資料館⑮(平行法)

多目的ホールを抜けると待望の試飲コーナーに到達する。ここでは搾りたての生原酒を含め、6種類ほどのお酒を堪能できる。ゆず酒は香りの良さと甘さとゆずの皮の苦味も加わり、飲み易くて爽やかな味であった。各々のお酒の特徴を説明していることもありがたい。お土産ショップでは、資料館限定酒や菊正宗同様に酒粕カレー、酒粕を使った化粧品や、白鶴の前掛けなどが販売されていたが、酒粕を使った酒蔵甘酒ソフトは、残念ながら遅い時間での訪問だったので販売は終了していた。荷物が多かったので菊正宗と同じスケールの「白鶴 ミニ菰樽(中身なし)」を購入した。

灘高校正門脇の嘉納治五郎像(左)/白鶴美術館(右)
灘高校正門脇の嘉納治五郎像”生誕ゆかりの地”の碑 白鶴美術館

灘を代表する酒造3社の嘉納治郎右衛門尚義(菊正宗8代目当主 ※秋香翁)、嘉納治兵衛(白鶴7代目当主)、山邑太左衛門(櫻正宗6代目当主)は、1927年(昭和2年)進学校として名高い灘中学校・高等学校を設立し、嘉納の一族で、講道館柔道の創始者 嘉納治五郎を顧問として招聘して教育方針を委ね、“精力善用、自他共栄”を校是に掲げ、地域社会への貢献を示している。嘉納治兵衛は、数々の貴重な美術工芸品の愛好家としても知られ、収蔵館として設立した「白鶴美術館」は中国古美術、中でも青銅器のコレクションでは世界的に知られ、日本一の私立美術館密集地帯である阪神間においても代表的存在となっている。

日本酒の9種類の分類
日本酒の分類

日本酒は、昔は、特級、一級、二級、と級別で分類したが、製造技術の向上に伴い、製法 (精米歩合、麹歩合、アルコール添加量など)により区分され、本醸造酒・純米酒・特別本醸造酒・特別純米酒・吟醸酒・純米吟醸酒・大吟醸酒・純米大吟醸酒・普通酒と9種類に分類され複雑になった。特定名称酒と称する純米酒や本醸造酒の中で、お米を60%以下に精米して使用し、低温でじっくり発酵させて特別に吟味して造った吟醸酒は、フルーティーな香り、すっきりした飲み口、喉越しの滑らかさが特徴である。大粒心白米の山田錦の誕生、縦型精米機開発による精米歩合の飛躍的な向上、純粋酵母の育成に欠かせぬホーロータンクの出現、酒母の育成を容易にする冷却装置の開発などの近代における背景が吟醸酒の開発を可能にした。

旭酒造 純米大吟醸酒 『獺祭』
『獺祭』旭酒造株式会社
旭酒造 遠心分離機日本酒消費量と獺祭の出荷量獺祭 前掛け

特定名称酒が持て囃される背景には、日本酒の伝統的な競争秩序が変化していると云える。特定名称酒による味わいの拡がりにより、各酒蔵或いは各清酒の個性が明確となった結果、地酒ブームを齎した。世界18カ国にも輸出され、パリのソムリエも絶賛する山口県の旭酒造の地名「獺越」(おそごえ)の一字に因んで冠した純米大吟醸酒「獺祭」(だっさい)は、杜氏頼りの製造現場の旧弊を改め、画期的なIT(データ活用)化とグローバル化と遠心分離システムの導入などが功を奏し、雑味の無い味わいにより、爆発的な人気を博している。以前は山口県に出張した際、Kioskで無造作に購入できたのだが、最近は品薄で何処でも入荷待ちとなり、且つプレミア価格で取引されている。これらの現象は灘五郷の酒蔵にとって、好機にも危機にも成り得たが、結果的に灘の酒は地酒ブーム中に埋没しているように感じられる。

日本酒の全酒類に占める製造数量の占有率(国税庁調査・推計値)

日本酒は最盛期から市場規模が1/3にまでシュリンクしており、国税庁が毎年発表している「酒類販売(消費)数量等の状況表」によると、日本酒の全酒類に占める製造数量の占有率(シェア)は、平成12年の10.3%を最後に一桁台に転落、その後、年々占有率は下がる一方で、平成16年には8%台に落ち、平成18年に7%台に下落してからは減少率が鈍化したが、平成25年は、占有率7%台前後に落ち込むと推定される。近年は毎年0.2%程度落ち込んでおり、このままの減少傾向で推移すると、占有率が5%を割った商品は一般国民の記憶の中から忘れ去られるという消費業界説の負のスパイラルが、将来現実となる危険性も孕んでいる。

飯米 『白鶴錦』(左)/白鶴 超特選 純米大吟醸 『白鶴錦』(右)
飯米「白鶴錦」 白鶴 超特選 純米大吟醸 白鶴錦
菊正宗酒造 生酛造り(左)/菊正宗 『生酛大吟醸』(右)
菊正宗 生酛造り 菊正宗 生酛大吟醸

白鶴酒蔵は、2005年(平成17年)山田穂・渡船の交配新品種「白鶴錦」を日本醸造学会大会で発表し、2007年(平成19年)品種名「白鶴錦」として品種登録受理され、白鶴錦を使った純米吟醸酒を製造した。菊正宗酒造は、杜氏の勘と舌に頼ってきた生酛造りを嘉宝蔵における寒造りに継承し、20年来の研究を経て、菊栄蔵での四季醸造への生酛造りの導入を決断した。実用化までに3年の歳月を経て、創業350周年という節目の2009年(平成21年)に上撰本醸造酒もすべて生酛造りに転換した。50年後、100年後に於ける日本酒のポジションは想像できないが、幾度も危機を乗り越えた灘の男酒が、不屈の気概で次の時代に継承されることを切に願う。

灘酒

日本酒と暫しのお別れを誓うことを目的にした灘の酒蔵の探訪であったが、肝臓への今後の影響は自身の心掛け次第である。灘の歴史や背景、製造工程をあらためて知る機会を得たことで、古来から継承されてきた日本酒への愛着が益々深まりそうで少々自信がない。何れにせよ、来月の検査入院の結果に今後の方向性を委ねるしかない。いっそのこと「サントリー山崎蒸留所」を訪れて矛先を変えてみることも考えたが、11月初め~12月末まで施設改修のため工場見学及び場内全施設を休業するとのこと。ならば年明けの楽しみとして.....、次々に雑念が湧いてくるので、思ったほど簡単にはアルコールとお別れできないのかも知れない。
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広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
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