3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

古刹の紅葉

Edit Category 3Dカメラ
秋の紅葉を堪能するため、京都北大路地区交野市のほしだ園地を訪れたが、各々時期的に“見頃”ではなく、“紅葉狩り”として少々物足らない印象もあり、あらためて紅葉の名所と云われる場所を選んで訪れることにした。矛盾するのだが、名所であるほど人出が多くて落着けない。昨年訪れた鞍馬山では下りのケーブルカーを待つ長蛇の列を見て急いで引き返したように、わざわざ人ごみに向かって行くのは億劫で、本来の目的さえ見失ってしまう。今回は混雑を予想する京都を回避し、奈良県桜井市にある「長谷寺」を訪れることにした。

総本山 長谷寺

総本山 長谷寺 全景

長谷寺は、山号を豊山神楽院と称する。鎌倉の長谷寺東京の東長谷寺など、長谷寺と名乗る寺院は日本各地に240寺程もあり、区別するため「大和国長谷寺」「総本山長谷寺」と呼称することもある。桜、牡丹、紫陽花、紅葉など一年を通じて季節の花々が咲き誇り、四季折々の風情で伽藍を彩る景観から「花の御寺」と呼ばれている。紅葉見頃は11月中旬~下旬、10月下旬から12月初旬にかけては、長谷寺もみじまつりが開催される。

長谷寺境内図

長谷寺境内図

古刹として、或いは庶民信仰の寺として、紫式部、紀貫之、松尾芭蕉、小林一茶、高浜虚子、川端康成等、古くから時代ごとに多くの文人に愛された寺でもあり、「宇治拾遺物語」を原話とする日本の昔話「わらしべ長者」では、主人公の男が長谷寺の観音様に祈願してお告げを授かり、万葉集には「隠口(こもりく)の泊瀬山は色づきぬ 時雨の雨は ふりにけらしも」と詠われた。

大和国豊山長谷寺真図 1880年(明治13年)
大和国豊山長谷寺真図(明治13年)

この地は、古代大和朝廷の聖地として、大和川から泊瀬川を遡る水運の“泊(は)つる瀬”として、“泊瀬”と書き、寺は初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺と云われた。また東西に長い峡谷状の地形であることから“長谷(はつせ)”とも書かれ、現在では駅と寺に“長谷(つ)が抜けて(はせ)“の呼称が残るのみとのこと。

万葉集 大伴坂上郎女の歌碑(左)/豊国 筆 香の図 玉鬘(中)/小倉百人一首 紀貫之(右)
大伴坂上郎女の歌碑 豊国 筆「香の図 玉鬘」 小倉百人一首 紀貫之

平安時代の中期、藤原氏ら貴族の間で盛んになった長谷寺参詣は「初瀬詣で」として慕われ、「源氏物語」「枕草子」をはじめ多くの古典に語られた。中でも「源氏物語」の玉鬘の巻のエピソードに登場する「二本(ふたもと)の杉」や紀貫之の百人一首に収められた歌の「紀貫之古里の梅」は、現在も境内に残っている。

近鉄大阪線 急行電車
近鉄大阪線 急行
長谷寺駅路線図

近鉄大阪線 長谷寺駅は停車する便が少なく、結構な所要時間を要する。大学生の頃、近鉄大阪線 弥刀駅の周辺で一人暮らしていたが、当時は神社仏閣にまったく興味が無かったこともあり、二駅先の八尾より先には殆ど訪れたことがなく、伊勢を訪れた際に通過する車窓から眺めた程度である。差し詰め近鉄大阪線は、鳥羽、伊勢方面の快適な特急電車の踏み台的なダイヤという意識がある。布施駅を出発して大和八木駅で急行電車に乗り換えたが、長谷寺もみじまつり期間中は長谷寺駅に臨時停車することを知り、少々得したような気分で長谷寺駅に到着した。

(交差法)
近鉄 長谷寺駅(交差法)
(平行法)
近鉄 長谷寺駅(平行法)

(交差法)
近鉄 長谷寺駅前(交差法)
(平行法)
近鉄 長谷寺駅前(平行法)

(交差法)
初瀬①(交差法)
(平行法)
初瀬①(平行法)

(交差法)
初瀬②(交差法)
(平行法)(平行法)
初瀬②(平行法)

(交差法)
初瀬③(交差法)
(平行法)
初瀬③(平行法)

長谷寺まで徒歩15分の長谷寺駅では、思ったより下車した人が少なく、閑散とした駅前の雰囲気に不安を感じた。峡谷のような地形のため、駅周辺の高台に住宅が密集して狭い路地が多い。駅前の初瀬商店街歓迎アーチを潜って急な石段を下り、初瀬交叉点から吉隠川を渡ってまっすぐ進むと「初瀬商店街」に達する。

初瀬街道ルート ※地図上のルートを辿れます。

routelab.png

この通りは、京、大和方面と伊勢を結ぶ街道で、現在の松阪市六軒から青山峠を越え、名張を 経て初瀬を通ることから初瀬街道と名付けられた。古代には大海人皇子が名張に至った道であり、また斎王が伊勢へと赴いた道でもあり、初瀬街道を通る大半は伊勢参宮の人々で、江戸時代から明治時代には、本陣をはじめ、旅籠、油屋、米屋、酒屋、鍵屋などが立ち並び、多くの参宮客の往来により賑わった。現在も所々に昔の面影を残し、狭い道路と家並み、常夜灯、道標、石造物などが見られる。今でも古い町家が残り、通気・明り取りに『虫籠窓(むしこまど)』が設置された建家も多く見受けられ、景観の保全に努めていることが伺える。

大阪電気軌道路線図
大阪電気軌道路線図

初瀬街道の賑わいにより、長谷寺への参拝客輸送を目的にした鉄道建設に至り、1909年(明治42年)長谷寺より1km手前の初瀬駅に至る「大阪電気軌道 長谷線」が開業した。大阪電気軌道(大軌)は、近畿日本鉄道(近鉄)の母体となる直系の前身であり、子会社である参宮急行電鉄(参急)をはじめ、伊勢電気鉄道(伊勢電)、関西急行電鉄(関急電)などを統合し、1940年(昭和15年)に現在の近鉄路線網の原形を作った関西急行鉄道(関急)へ再編され、1944年(昭和19年)近畿日本鉄道(近鉄)が発足した。

(交差法)
初瀬商店街①(交差法)
(平行法)
初瀬商店街①(平行法)

この参道は、風趣のある佇まいの旅館や食事処、土産物屋が軒を並べる比較的狭い通りだが、駐車場に向かう車が引切り無しに通過して少々歩き難い。どうやら停車便の少ない近鉄電車よりも車で訪れる人が多い場所のようである。長谷寺に訪れる前に地元民のコミュニティと来訪者の憩いの場として空き家を改修した「わらしべ長者の里 泊瀬長者亭」という町家カフェに入り昼食を摂ることにした。客が多くて混んでいたが、店内は奥行きがあり想像以上に広く、食事は味もボリュームも価格設定も満足の内容であった。次々に客が訪れるのも充分肯ける。

(交差法)
初瀬商店街②(交差法)
(平行法)
初瀬商店街②(平行法)

昼食後、その先の法起院を右に見て参道を左へと曲がると、更に道幅が狭くなり、先にある山の中腹には本堂が見えてきた。長谷寺の仁王門を一直線に目指す通りの沿道には、草餅、お抹茶、柿の葉ずし、三輪素麺など、地元の名産を売る店が多く、いろんな誘惑が手招きする。観光客も著しく多くなり、活気があって威勢の良い表参道として一段と賑わっていた。閑散とした駅前とは対照的に古来から観音参りで賑わう門前町の雰囲気が一気に盛り上がる空間であった。

(交差法)
総本山 長谷寺 寺前①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 寺前①(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 寺前③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 寺前③(平行法)

風格のある仁王門は、長谷寺の総門で、三間一戸入母屋造本瓦葺の楼門である。左右両脇に金剛力士像(仁王像)、楼上に釈迦三尊十六羅漢像を安置する。平安時代の一条院の頃に建立され、その後何度か火災による焼失と再建を繰り返した。現在の仁王門は、1885年(明治18年)に再建されたもので、古来の様式美と堂々たる構えを備えている。仁王門正面上部に掲げられている扁額は、安土桃山時代から江戸時代初期の後陽成天皇の御辰筆で「長谷寺」と記されている。寺前付近は、大勢の観光客が仁王門とその背景にある初瀬山の南麓の長谷寺を焦点にした写真を撮影している。

(交差法)
総本山 長谷寺 仁王門①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 仁王門①(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 仁王門②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 仁王門②(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 仁王門③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 仁王門③(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 下登廊①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 下登廊①(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 下登廊②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 下登廊②(平行法)

仁王門に向かう通路左手に拝観受付があり、拝観券を購入して仁王門を潜ると、全長約200mの屋根付きの階段で399段の石段が連なる登廊が聳え立っている。下登廊、中登廊、上登廊の三廊に分かれ、下登廊と中登廊の接続部に繋屋、中登廊と上登廊の接続部に蔵王堂がある。下登廊と中登廊は、1889年(明治22年)の再建だが、古来の形式を残し天井には「長谷式」と云われる風雅な丸い燈籠が吊るされている。登廊は、本堂とともに長谷寺の象徴だが、創建時には存在せず、1039年(長暦3年)春日大社の社司である中臣信清が息子の病気平癒の御礼の奉納として造設したと云われる。

(交差法)
総本山 長谷寺 宗宝蔵(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 宗宝蔵(平行法)

登廊の石段からは、右に道明上人の御廟所、宗宝蔵、月輪院があり、左には、修行僧が夕勤行を行う歓喜院、梅心院、慈眼院、金蓮院が建ち並ぶ。清浄院跡地に建つ宗宝蔵では、春と秋に開扉して長谷寺に伝わる国宝・重要文化財等の宝物公開を行っている。

(交差法)
総本山 長谷寺 月輪院①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 月輪院①(平行法)

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総本山 長谷寺 月輪院②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 月輪院②(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 月輪院③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 月輪院③(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 月輪院④(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 月輪院④(平行法)

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総本山 長谷寺 下登廊③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 下登廊③(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 下登廊④(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 下登廊④(平行法)

登廊脇にある月輪院内では、写経場の様に机が並び、部屋の隅の方にお茶席が設けられている。月輪院前で登廊に向かって立つと、仁王門から右に上る登廊の傾斜や、その山上に立つ本堂を横のアングルから見渡せる。

(交差法)
総本山 長谷寺 下登廊⑤(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 下登廊⑤(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 繋屋①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 繋屋①(平行法)

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総本山 長谷寺 繋屋②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 繋屋②(平行法)

登廊を上り始めると、間から見える景色、繋屋の地蔵菩薩立像、鮮やかな色の紅葉に魅せられ、写真撮影ポイントが数多くあり、階段は段差が小さく殆ど苦にならない。

(交差法)
総本山 長谷寺 中登廊①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 中登廊①(平行法)

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総本山 長谷寺 中登廊②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 中登廊②(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 中登廊③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 中登廊③(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 上登廊①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 上登廊①(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 上登廊②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 上登廊②(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 本堂①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂①(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂②(平行法)

長谷寺の創建は奈良時代の8世紀前半と推定され、686年(朱鳥元年)道明上人が天武天皇のために初瀬山西の丘に三重塔を中心としたお寺「本長谷寺」建立し、「銅板法華説相図」を安置したことが起源とされ、727年(神亀4年)、道明上人の弟子である徳道上人が東の丘(現在の本堂の地)に本尊の十一面観世音菩薩を祀って開山したと伝承される。十一面観世音菩薩は、奈良時代より盛んであった観音信仰の象徴として崇拝され、平安時代中期以降は観音霊場として貴族の信仰を集め、中世以降は武士や庶民にも信仰が拡がり、日本でも有数の観音霊場として、境内に国宝や主要文化財を多数有している。

総本山 長谷寺 ポスター
総本山 長谷寺 ポスター

長谷寺は東大寺(華厳宗)の末寺であったが、平安時代中期には興福寺(法相宗)の末寺となり、16世紀以降は、覚鑁(興教大師)によって興され僧正頼瑜により成道した新義真言宗の流れを汲む寺院となっている。1588年(天正16年)、豊臣秀吉により根来山(根来寺)を追われた新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により現在の真言宗豊山派が大成し、関係寺院三千ヶ寺を有する真言宗豊山派の総本山として、また西国三十三所第八番札所として信仰を集め、檀信徒はおよそ三百万人と云われる。近年は、子弟教育・僧侶(教師)の育成に力を入れており、学問寺としての性格を強めている。

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総本山 長谷寺 本堂舞台①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂舞台①(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂舞台②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂舞台②(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂舞台③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂舞台③(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 本堂舞台④(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂舞台④(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂舞台⑤(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂舞台⑤(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂舞台⑥(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂舞台⑥(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 本堂舞台⑦(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂舞台⑦(平行法)

長谷寺のシンボルである巨大な本堂(国宝)は、東大寺大仏殿に次ぐ最大級の木造建築物で、本尊の十一面観世音菩薩立像を祀るお堂である為、大悲閣、観音堂などとも呼ばれる。本尊を安置する「正堂」、参詣者の通路となる「相の間」、参詣者が仏像を拝むための空間「礼堂」から構成する「双堂」と云われる形式で、京都の清水寺 本堂や奈良の東大寺 二月堂と同じく、礼堂の前には懸造りの外舞台がせり出し、その五間のうち三間を更に前方へ突き出し、縁には高い擬宝珠(葱台)高欄が廻る。外舞台からは、広大な境内の略全容が見渡せ、廻縁の西端に五重塔と紅葉の見事な競演を眺めることができる。

長谷寺 本堂
総本山 長谷寺 本堂 礼堂

前述のように長谷寺創建は奈良時代とされるが、本堂自体は豊臣秀吉の弟 豊臣秀長の援助で再建に着手し、1588年(天正16年)に落慶した。尚、現存する本堂は天正再興時のものではなく、三代将軍 徳川家光の寄進により、1650年(慶安3年)に再建された。蔵王堂、上登廊、三百余社、鐘楼、繋廊も同じ時期に建立し、徳川幕府が建造した大規模仏堂の代表と云える。天正再興時の本堂は、1618年(元和4年)に雨漏りが発生した記録が残るが、再建して約60年後に修理や部材の再利用ではなく、新たに全面再建されており、時代背景を鑑みると、徳川幕府による豊臣家の遺功を排除しようとする意図が感じられる。

十一面観世音菩薩立像
十一面観世音菩薩立像

本尊の十一面観世音菩薩立像は、木造の十一面観音像としては国内最大級とされ、高さ10.18mもある。右手に錫杖、左手に水瓶を持って方形の大盤石という台座に立つ、長谷寺式十一面観世音菩薩と云われ、頭の上、正面に阿弥陀如来、菩薩面(慈悲)が2面、忿怒面(怒り)が3面、牙上出面(称賛)が3面、仏頂面(悟り)が1面、大笑面(笑い)が1面の10面により、外界のすべての方向を見守っているとされ、病いの治癒など10種類の現世利益を齎す菩薩として慕われている。特別拝観料1,000円を払えば、十一面観世音菩薩の御足に直接触れることができるとのことだが、十一面観世音菩薩の撮影は禁止とのことで諦めた。

(交差法)
総本山 長谷寺 本堂③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂③(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 本堂④(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂④(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂⑤(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂⑤(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂⑥(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂⑥(平行法)

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総本山 長谷寺 本堂⑦(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂⑦(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 本堂⑧(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 本堂⑧(平行法)

十一面観世音菩薩立像は、1579年(天正7年)に再興したが、慶安3年の新本堂建設工事は本尊を原位置から移動せずに行われ、本堂は内陣の中に更に内々陣(本尊を安置)を巨大な厨子で覆い囲むようにして正堂が造られた。正堂内部は手前一間が板張りで、奥側と相の間は石敷きの土間で、礼堂は桁行四間に梁間九間の構成で、一段高い板張りとなっている。屋根は一重の入母屋造だが、妻入となり妻面が正面を向いている。礼堂の屋根の左右には千鳥破風が備えられ、極めて複雑な屋根形状を呈した本堂の外観は、境内の様々な堂宇との組合せもあって、天守閣のあるお城のようにも見える。

(交差法)
総本山 長谷寺 五重塔①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 五重塔①(平行法)

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総本山 長谷寺 五重塔②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 五重塔②(平行法)

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総本山 長谷寺 五重塔③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 五重塔③(平行法)

本堂から西方に建つ五重塔に向かう境内の路も紅葉に包まれて歩いた。桧皮葺の屋根と朱色が鮮やかな高さ約27mの五重塔は、1954年(昭和29年)に戦没者の慰霊として造営され、内陣には大日如来が安置されている。五重塔の前には長谷寺創建当時の三重塔の礎石が残っている。戦後日本に初めて建てられたこの五重塔は、“昭和の名塔”と呼ばれ、塔身の丹色が檜皮葺屋根の褐色や紅葉の彩りと調和し、五重塔がある場所から、本堂の堂々たる風格、甍を並べる登廊の風情を眺めることが出来ることも“昭和の名塔”たる由縁である。

(交差法)
総本山 長谷寺 境内 二本の杉(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 境内 二本の杉(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 境内①(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 境内①(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 境内②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 境内②(平行法)

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総本山 長谷寺 境内③(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 境内③(平行法)

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総本山 長谷寺 境内④(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 境内④(平行法)

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総本山 長谷寺 境内⑤(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 境内⑤(平行法)

(交差法)
総本山 長谷寺 寺前②(交差法)
(平行法)
総本山 長谷寺 寺前②(平行法)

燃えるような紅葉の色は境内に彩りを添え、満足感に満ちて長谷寺を後にした。帰りの参道では、仁王門近くの通り沿いにある「総本舗 白酒屋」と初瀬街道沿いの老舗和菓子店「寶園堂」の草餅を食べた。白酒屋の草餅は、焼いた餅の表面が香ばしてヨモギの味と香りも濃く、寶園堂の草餅は、粒あんとヨモギあんの二種類があり、また違った味わいでどちらも実に美味しかった。薬草として使われるヨモギには、昔から邪気を払う力があり、寿命が延びる食材との云い伝えがあり、初瀬では、観音参りの旅人を草餅で饗す様になり、名物になったと伝わる。初瀬の門前町には、鄙びた温泉街のような趣きを感じる。

長谷寺参道

長谷寺を中心とした観光地は、年々観光客が減少しており、若い世代が進学や就職で利便性の高い都市部に流失し、高齢者比率が高まりつつある中、徐々に活気が失われ、後継者不足で空き家が増えてきているとのこと。現在、奈良県早稲田大学と2008年より、相互に協力し、学術・文化、地域社会の発展と人材育成を目的として包括連携協定を締結し、「門前町における景観まちづくりの推進」の協働に取り組み中とのこと。

総本山 長谷寺

初瀬の地は、古代、中世、近世の歴史と共に発展し、今も尚、日常生活の中に万葉の風情が息づき、江戸時代などの町家などと融合し、味わい深い歴史的景観を醸し出している。この日訪れた長谷寺の景観の美しさは、いつまでも心に残る感動すらある。古来から人々の愛した古刹の紅葉は、次の時代にも継承できるよう、日々努力している人々への深謝が募る探訪であった。
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MOTO

Author:MOTO
広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
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