3Dアクアテラリウム

立体写真による探訪記と恐竜ジオラマのアクアテラリウムと駄文のブログ

 

四天王寺の神秘と聖徳太子の謎

Edit Category 3Dカメラ
休日の日、未だ訪れたことのない四天王寺を訪ねた。10月~3月期では、中心伽藍・庭園・宝物館の拝観時間は16:00までなのだが、のんびりと境内を散歩しながら写真撮影できれば良いと考え、拝観時間終了後の少し遅い時間に現地に到着した。現地は、都会の中に位置しているが、日本庭園の「極楽浄土の庭」を一歩踏み入れると、喧騒とは無縁の世界が広がる。狙い通りに観光客もまばらで、広大な境内の空間を堪能できる時間帯であった。

(交差法)
四天王寺 南鐘堂 五重塔(交差法)
(平行法)
四天王寺 南鐘堂 五重塔(平行法)

四天王寺は大阪府の天王寺区にある寺で、金光明四天王大護国寺とも呼ばれ、聖徳太子が建てた七大寺の一つとして、我が国で最も古い寺と云われている。宗派は天台宗に属していた時期もあったが、元来は特定宗派に偏しない八宗兼学の寺であると共に、日本仏教の祖とされる“聖徳太子建立の寺”であり、既存の仏教の諸宗派には拘わらない全仏教的な立場から、戦後間もない1946年(昭和21年)に和宗総本山として独立した。

四天王寺境内鳥瞰図
四天王寺境内鳥瞰図

四天王寺の創建目的には二つの見方がある。ひとつは、聖徳太子の物部守屋討伐戦勝誓願成就を建立目的とするもので、『日本書紀』では、物部守屋と蘇我馬子の争いである丁未の変(ていびのへん)にて、崇仏派の蘇我氏についた14歳の聖徳太子(当時は厩戸皇子)は蘇我軍に参戦し、軍の後方に従っていた。物部の軍勢は強く、蘇我軍が三度も退却を余儀なくされるなどの形勢不利を打開するべく、戦いに勝利した暁には、聖徳太子は四天王寺を、蘇我馬子は法興寺(飛鳥寺)を建立することを誓願されたとする周知の歴史説である。

四天王寺元和再建伽藍図
四天王寺元和再建伽藍図

もうひとつは、当時の激動する東アジア情勢を受けて、日本の玄関口であった難波津の丘の上に最先端技術による壮麗な伽藍を建立し、諸外国の来朝者に対して国威誇示したとする説がある。このように創建目的における説は二分しているが、史実としては日本書紀に593年(推古天皇元年)「この年、始めて四天王寺を難波の荒陵(あらはか)に造りはじめた」とされており、寺伝でもこれを採用し、聖徳太子が摂政となった年に四天王寺の造立が開始されたとしている。

(交差法)
四天王寺 西重門 五重塔①(交差法)
(平行法)
四天王寺 西重門 五重塔①(平行法)

(交差法)
四天王寺 西重門 五重塔②(交差法)
(平行法)
四天王寺 西重門 五重塔②(平行法)

しかし、発掘調査による出土瓦から、実際は建立に着手されてから中心伽藍が整備されたのは607年(推古天皇15年)頃であろうと推定されているが、講堂付近の発掘の出土瓦がこれより更に後の飛鳥時代後半から奈良時代初期のものが多いことから明確な建立時期は不詳とされている。

(交差法)
四天王寺 西重門 五重塔③(交差法)
(平行法)
四天王寺 西重門 五重塔③(平行法)

四天王寺は、度重なる戦火や災害に見舞われ、多くを焼失しながらもその都度再興され、現在の建物は創建当時(飛鳥時代)の様式を忠実に再現しており、古代の建築様式が今に残るのは貴重で、境内には重要文化財の本坊西通用門をはじめ、大黒堂、南・北鐘堂など多くの堂宇が点在する。

室戸台風被害に遭った四天王寺1915年(昭和9年)
四天王寺 室戸台風被害

【四天王寺 復興史】
・836年(承和3年)雷火により五重塔損壊。
・960年(天徳4年)火災により古代伽藍焼失し荒廃する。
・平安時代後期、霊場参詣、太子信仰の隆盛、西方浄土信仰の聖地とされ復興を見る。
・南北朝争乱による兵火により焼失。
・室町時代期、兵火により焼失。
・1576年(天正4年)織田信長による石山本願寺攻めに伴う焼き討ちにあい焼失。
・1600年(慶長5年)豊臣秀吉により復興。
・1614年(慶長19年)大坂冬の陣により焼失。
・1623年(元和9年)徳川幕府により復興。
・1801年(享和元年)落雷により焼失。
・1812年(文化9年)大坂白銀町淡路屋太郎兵衛が再建。
・1915年(昭和9年)室戸台風により五重塔倒壊、金堂は傾斜破損、仁王門も壊滅。
・1940年(昭和15年)五重塔再建。
・1945年(昭和20年)3月 米軍による大阪空襲により境内のほぼ全域を焼失。
・1963年(昭和38年)中心伽藍(五重塔、金堂、講堂、仁王門)を再建し現在に至る。

四天王寺レトロ絵葉書
四天王寺レトロ絵葉書①
四天王寺レトロ絵葉書②

昭和38年の再建前に中心伽藍の徹底的な発掘調査が実施された結果、驚くべき事実が判明した。中心伽藍が飛鳥時代の尺度である高麗尺で1000尺四方と実測され、創建時の規模がそのまま守られてきていること、そしてさらに再建の都度、創建当初と全く同じ場所に復元されてきたことである。この例を見ない不屈の再建の歴史は、その都度関わった人々のこの四天王寺にかけた並々ならぬ篤い想いを現在に継承している。

(交差法)
四天王寺 見真堂 親鸞聖人像(交差法)
(平行法)
四天王寺 見真堂 親鸞聖人像(平行法)

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四天王寺 大師堂 弘法大師像(交差法)
(平行法)
四天王寺 大師堂 弘法大師像(平行法)

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四天王寺 不動明王(交差法)
(平行法)
四天王寺 不動明王(平行法)

(交差法)
四天王寺 東重門前 普賢菩薩(交差法)
(平行法)
四天王寺 東重門前 普賢菩薩(平行法)

(交差法)
四天王寺 東重門前 番匠堂(交差法)
(平行法)
四天王寺 東重門前 番匠堂(平行法)

四天王寺は聖徳太子信仰の普及とともに、皇室を始めとする貴人や最澄・空海・法然・親鸞など錚々たる面々が参詣し、宗派の別なく信仰の中心として栄えた。しかし何度も災禍によって古来の伽藍は残っておらず、戦後の鉄筋コンクリート建造物の伽藍が多くを占めるが、庶民信仰は篤く、聖徳太子信仰を基盤として宗派を越えた種々の信仰を確認できる。

四天王寺伽藍配置

四天王寺の伽藍配置は、金堂と五重塔が南北方向に直線型になっているのだが、直角にずれた位置に、仏教寺院にも関わらず西門には日本三鳥居の一つとされる石ノ鳥居がある。大和王朝の時代には、四天王寺から生国魂神社に至る上町台地の西側は難波津の入江で、急な傾斜の崖に海が迫り、淡路島や須磨明石あたりまで遠望でき、海に映える夕日が美しい眺望の場所だったことが、夕日ヶ丘という地名の由来とのこと。

(交差法)
四天王寺 石ノ鳥居(交差法)
(平行法)
四天王寺 石ノ鳥居(平行法)

(交差法)
四天王寺 極楽門(交差法)
(平行法)
四天王寺 極楽門(平行法)

石ノ鳥居は発心門とも呼ばれ、海の存在を念頭にして、西向きに設置されたと云われる。嘗ては木造だったが、忍性が勅を奉じて1294年(永仁2年)石造りに改められ、四天王寺で一番古い建造物とされている。四天王寺は何度も焼失し再建が繰り返されたことから、推古朝時代の建造物は現存しないが、伽藍配置だけは創建当時のままとなっている。

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四天王寺 仁王門 五重塔②(交差法)
(平行法)
四天王寺 仁王門 五重塔②(平行法)

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四天王寺 南大門 仁王門 五重塔(交差法)
(平行法)
四天王寺 南大門 仁王門 五重塔(平行法)

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四天王寺 西重門 五重塔 金堂(交差法)
(平行法)
四天王寺 西重門 五重塔 金堂(平行法)

南大門、中門、塔、金堂、講堂が一直線に並ぶ様式の伽藍配置は四天王寺式と呼ばれ、南正面から五重塔を眺める光景は、日本寺院のシンメトリー(左右対称)の極致であり、その存在感に圧倒されるが、すべての堂宇が一直線に並ぶだけの単純な様式であるため、南大門を正面にすると構図にならない。四天王寺の中心伽藍をカメラフレームに収めるには、やはり西門を正面にした構図が一般的とされている。

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四天王寺 仁王門(交差法)
(平行法)
四天王寺 仁王門(平行法)

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四天王寺 東大門②(交差法)
(平行法)
四天王寺 東大門②(平行法)

(交差法)
四天王寺 東大門 阿形仁王像(交差法)
(平行法)
四天王寺 東大門 阿形仁王像(平行法)

(交差法)
四天王寺 東大門 吽形仁王像(交差法)
(平行法)
四天王寺 東大門 吽形仁王像(平行法)

四天王寺には、この他にも多くの門が存在し、中門は当寺中心伽藍の最南端にあたり、脇の間に仁王尊像を祀っていることから俗に仁王門と呼ばれている。東側(向かって右)は那羅延金剛力士、西側(向かって左)は密迹金剛力士であり、四天王寺大仏師 松久朋琳氏の作である。東大門には、比較的新しく色鮮やかな金剛力士像が祀られ、東大門の東方にある伊勢神宮をここ詣でて伊勢神宮を遥拝していたという『伊勢神宮の逍遥所』が設置されている。

(交差法)
四天王寺 東大門①(交差法)
(平行法)
四天王寺 東大門①(平行法)

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四天王寺 太子殿 寅の門(交差法)
(平行法)
四天王寺 太子殿 寅の門(平行法)

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四天王寺 中之門(交差法)
(平行法)
四天王寺 中之門(平行法)

四天王寺においては、他にも幾つかの不可思議な点を見つけることが出来る。上記の『伊勢神宮の逍遥所』や『守屋祠』など、仏教寺院にも関らず神道関係のものが多く設置されており、元々、神道の神社だったとしか思えてならない。四天王寺を実際に訪れてみれば、広大で美しい景観に目を奪われがちだが、歴史や知識では割り切れない神秘を感じられる場所なのである。

(交差法)
四天王寺 亀井堂①(交差法)
(平行法)
四天王寺 亀井堂①(平行法)

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四天王寺 亀井堂②(交差法)
(平行法)
四天王寺 亀井堂②(平行法)

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四天王寺 亀井堂③(交差法)
(平行法)
四天王寺 亀井堂③(平行法)

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四天王寺 亀井不動尊(交差法)
(平行法)
四天王寺 亀井不動尊(平行法)

亀井堂の霊水は、金堂の地下より湧き出る白石玉出の水で、六時堂・金堂・北鐘堂にて 回向(供養)を済ませた経木を流せば極楽往生が叶うと云われる。不動堂は聖徳太子が亀井の水をのぞくと不動明王が写ったので祀られたというのが起源とのことで、お水をかけてお祈りする為、不動明王像は苔だらけになっている。

(交差法)
四天王寺 六時堂 石舞台(交差法)
(平行法)
四天王寺 六時堂 石舞台(平行法)

(交差法)
四天王寺 六時堂 濱頭盧尊者像(交差法)
(平行法)
四天王寺 六時堂 濱頭盧尊者像(平行法)

石舞台は四天王寺の舞楽法要が行われる舞台で、4月の聖徳太子の命日に行う聖霊会舞楽大法要が有名な重要文化財である。六時堂は供養や納骨などが行われる四天王寺の中心的お堂である。六時堂の真赤な濱頭盧尊者(びんずるそんじゃ)像は、自分の悪い所と同じ部分を触ってから、再び自分の悪い箇所を触ると良くなるという信仰がある。

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四天王寺 北鐘堂 亀ノ池 あべのハルカス(交差法)
(平行法)
四天王寺 北鐘堂 亀ノ池 あべのハルカス(平行法)

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四天王寺 北鐘堂①(交差法)
(平行法)
四天王寺 北鐘堂①(平行法)

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四天王寺 北鐘堂②(交差法)
(平行法)
四天王寺 北鐘堂②(平行法)

四天王寺は、かの有名な聖徳太子が建立したことで広く知られているが、聖徳太子の事績とされる一七条憲法の制定や三教義疏等の著作は後世の捏造で、聖徳太子が存命中のものではないとされ、聖徳太子没後の7世紀後半から8世紀に中国で編集された書物等に類似表現が沢山出てくる事などがその根拠とされている。

聖徳太子年表

我々世代の歴史認識では、聖徳太子は推古天皇の摂政となり、十七条憲法と冠位十二階を定め、遣隋使を派遣し、中国の隋の皇帝に「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)無きや」という手紙を送り対等な外交を行った。四天王寺や法隆寺を建立し、日本の仏教の祖と云われ、請願者10人全ての人が発した言葉を漏らさず理解し、的確な答えを返したと云われている。語り継がれてきた誰もが知る聖徳太子は、実は数多くの謎に包まれており、かの有名な肖像画でさえ聖徳太子ではないとも云われている。


著名な聖徳太子肖像画
聖徳太子

数多く残るスーパーヒーローのようなエピソードは、後の時代に起こった『太子信仰』の中で作られた創作であり、太子伝説の集大成ともいえる『聖徳太子伝略』『上宮聖徳法王帝説』などの太子を神格化した書物から一般に広く知られた物であり、仏教を大切にし、日本に定着させた太子への信仰のあまり、教科書に記載されてきたような功績などの尾ひれをつけられ、理想の人物に作り上げていった・・・というのが現在の定説のようである。

(交差法)
四天王寺 阿弥陀堂①(交差法)
(平行法)
四天王寺 阿弥陀堂①(平行法)

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四天王寺 阿弥陀堂②(交差法)
(平行法)
四天王寺 阿弥陀堂②(平行法)

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四天王寺 五重塔 あべのハルカス(交差法)
(平行法)
四天王寺 五重塔 あべのハルカス(平行法)

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四天王寺 万灯院 南鐘堂(交差法)
(平行法)
四天王寺 万灯院 南鐘堂(平行法)

多くの謎の中で、当時の権力者達が実在したに厩戸皇子に結びつけ神聖化した、とされる説が有力化されており、藤原鎌足は、自身が政治を動かすためには蘇我氏が邪魔だと考え、聖徳太子の息子である山背大兄の命を蘇我氏に奪わせ、更に太子一族を滅ぼした蘇我入鹿にその罪を押しつけて中大兄皇子を利用して大化の改新を成功させた。その結果、罪人となった蘇我氏の功績は、すべて聖徳太子の改革や功績に書き換えられたとの説がある。


聖徳太子孝養像
聖徳太子孝養像

更には、聖徳太子は『古事記』では上宮之厩戸豊聡耳命(みこと)と表記され、『日本書紀』では、厩戸皇子のほかに豊耳聡聖徳、豊聡耳法大王、法主王と表記されている。聖徳太子は後世につけられた尊称であるため、現在の日本の学校教育では正称である「厩戸皇子」と呼称するが、記述が一致しないことなどにより、聖徳太子が実際に存在したことさえ疑問視する説さえ浮上しているのである。

(交差法)
四天王寺 仁王門 五重塔①(交差法)
(平行法)
四天王寺 仁王門 五重塔①(平行法)

嘗て“HISTORY(歴史)とは、his story(彼の物語)である”という番組があり、彼とは、時の権力者を指すと説いた。四天王寺は、焼失と復興の歴史を幾度も繰り返しながら、現在の大阪に多くの神秘と共に再現されている。一方、聖徳太子は、旧一万円札にもその姿が描かれ、誰もが知る代表的な古来の日本の歴史人物でありながら、過去から多くの謎の中で、道徳のために作られた架空の人物とさえ囁かれている。歴史は、時の権力者により書き換えられることを鑑みて、“真実”とは別の“事実”が存在するか否かは謎である。

旧壱万円札
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没ネタ探訪記

Edit Category ウォーキング
今まで、嫁さんといろんな場所を訪れた内容をブログ記事にしてきたが、今回は、過去の探訪において残念ながら“記事にできなかった探訪記”に焦点を絞り、その探訪で撮影したものの日の目を見ることなく埋もれてしまった写真を紹介してみることにした。過去に記事にした没ネタ写真館と似たような企画ではあるが、没ネタ写真館は、写真の数が多すぎて掲載候補から外れた写真をメインしているのに対して、今回は、諸般の事情により探訪した内容さえ記事にできなかった内容に限定してみた。

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湘南ひらつか七夕まつり①(交差法)
(平行法)
湘南ひらつか七夕まつり①(平行法)

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湘南ひらつか七夕まつり②(交差法)
(平行法)
湘南ひらつか七夕まつり②(平行法)

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湘南ひらつか七夕まつり③(交差法)
(平行法)
湘南ひらつか七夕まつり③(平行法)

最初の写真は、東京在住時の一昨年、神奈川県平塚市に嫁さんと『湘南ひらつか七夕まつり』を訪れたときのものである。平塚には一時期仕事で良く訪れ、元々お気に入りの街だったところ、関東三大七夕祭りの一つと云われるこの街のイベントを知り、七夕の時期に是非観てみたいと思い、念願叶って七夕の土曜日に訪れることにしたのである。東京から約一時間で平塚駅に到着すると想像を絶する観光客で溢れ、伝統的なお祭りの貫禄に圧倒された。大勢の人通りの流れに任せて歩きながら、通りの七夕飾りを撮影しながら歩いていたが、季節の蒸し暑さで、ビールが飲みたくなり、屋台村のような店で少し休むことにしたのだが、このことが思わぬ事態を招くとはこのときは知る由もなかったのである。

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湘南ひらつか七夕まつり④(交差法)
(平行法)
湘南ひらつか七夕まつり④(平行法)

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湘南ひらつか七夕まつり⑤(交差法)
(平行法)
湘南ひらつか七夕まつり⑤(平行法)

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湘南ひらつか七夕まつり⑥(交差法)
(平行法)
湘南ひらつか七夕まつり⑥(平行法)

嫁さんは、平塚駅に着いた頃からどうもお腹が痛くなり、暫く何も食べる気がしないとのこと。それはお気の毒にということで、私は牛肉炭火串焼を“酒のあて”に生ビールを飲むことにしたのだが、嫁さんから“お腹が痛くて苦しんでいる眼の前で、美味しそうに飲み食いするアンタの姿が無性に腹が立つ”と罵られたのである。最初は適当に聞き流していたが、執拗な口撃に遂にキレてしまい。「もうエエ、おもろないから帰るわ!」と言って、その場を立ち去って平塚駅に向かい、電車に乗って帰宅したのであった。このように些細な夫婦喧嘩が原因で、僅か40分程度の滞在の平塚探訪記は、ブログの記事として成立しなかったのである。

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通天閣①(交差法)
(平行法)
通天閣①(平行法)

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通天閣②(交差法)
(平行法)
通天閣②(平行法)

次の写真は、昨年のゴールデンウィークに大阪市浪速区の新世界を訪れたときのものである。嫁さんと二人で新世界を訪れたことがなく、私自身は通天閣に一度も登ったこともない。元々庶民的な繁華街として親しまれてきた新世界だが、一般的には立ち入り難い場所として認識されており、晴天の昼間であれば、歩きやすいだろうとの発想で訪れてみることにした。訪れた日は爽やかな晴天なのだが、観光客もやたら多くてごった返していた。

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通天閣③(交差法)
(平行法)
通天閣③(平行法)

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通天閣④(交差法)
(平行法)
通天閣④(平行法)

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通天閣⑤(交差法)
(平行法)
通天閣⑤(平行法)

地上100mの高さの通天閣は、新世界の凡ゆる通路から見上げることが出来る。以前、道頓堀の派手な3D看板を記事にしたが、新世界の看板は、なるほど通路から通天閣を見上げた際の視線の高さに位置している。各々の看板は、道頓堀に負けず劣らず派手なのだが、通天閣を見上げる視界を邪魔することなく妙にマッチしており、新世界ならではの風景を創造しているのである。夜のネオンも趣きがあると思うが、清々しい晴天の空が、こんなにも通天閣に似合うとは、意外であった。

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通天閣⑥(交差法)
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通天閣⑥(平行法)

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通天閣⑦(交差法)
(平行法)
通天閣⑦(平行法)

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難波~新世界 無料送迎バス(交差法)
(平行法)
難波~新世界 無料送迎バス(平行法)

新世界は1990年代までは歓楽街としては衰退の一途を辿っていたが、「昭和の名残」を感じさせるレトロな街の雰囲気が、現在は却って観光資源になっている面もある。残念ながら、通天閣の入場者は長蛇の列で、100分以上待ちの状態とのこと。地上で長時間待つことよりも、展望台の超満員の空間で息苦しく過ごすことを危惧し、初の通天閣入場をあっさり諦めることにした。次の目的であった串カツ屋も有名店のみならず、どこの店も長い行列ができており、こちらもあっさりと諦めることにした為、結果的にブログ記事にするほどの内容が伴わなかったのである。

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鞍馬寺(交差法)
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鞍馬寺(平行法)

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鞍馬(交差法)
(平行法)
鞍馬(平行法)

次の写真は、京都の出町柳から叡山電鉄鞍馬線の終着駅である鞍馬を訪れ、叡山電鉄鞍馬線「もみじのトンネル」や、見ごろを迎えライトアップされた鞍馬寺の紅葉を堪能し、帰路途中で清水寺を訪れ、“夜の特別参拝”で幻想的な紅葉を堪能するために訪れたときのものである。以前、比叡山を訪れたときに出町柳から鞍馬線に乗る人の多さに驚愕したことや、清水寺を訪れた際に次回は紅葉の季節に夜の京都を訪れたいという想いもあり、相当期待が膨らむ念願の探訪であった。

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清水寺(交差法)
(平行法)
清水寺(平行法)

叡山電鉄 鞍馬駅に着いた時には、駅前には既に帰り便を待つ人が溢れ、長蛇の列を成していたことからスタートした。鞍馬寺を見終えた頃には途轍もない長さの列ができていたので、短時間の滞在ながら已むなく列に並んで鞍馬山を下山することを優先した。出町柳に着いた時にはさすがに物足らなくなり、少し足を伸ばして京阪電車 清水五条駅から歩いて清水寺に向かったが、こちらも入場券を購入する人の列が想像以上だったので、近くまで行って撮影するだけで我慢することにした。

(交差法)
清水寺の紅葉①(交差法)
(平行法)
清水寺の紅葉①(平行法)

(交差法)
清水寺の紅葉②(交差法)
(平行法)
清水寺の紅葉②(平行法)

どちらの場所も人が多すぎて、帰る時間を気にしてゆっくりできなかったことは残念ではあったが、いずれも夜の紅葉を堪能できたことには満足できるものであった。しかし残念ながら、結果的に写真の出来栄えが思わしくなく、ほんの僅かな枚数の写真しか鑑賞に耐えるに値しなかったので、ブログ記事が成立しなかった。以前からこの3Dカメラ(FUJIFILM FinePix REAL 3D W3)は、遠景・接写・夜間の撮影が課題であったが、為念、数多く撮影して“数打ちゃ当たる”で対応したものの、これほどまで撮影した写真が使えなかったことが無かったので、結構落胆してしまった。

(交差法)
生駒ケーブル①(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル①(平行法)

(交差法)
生駒ケーブル②(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル②(平行法)

(交差法)
生駒ケーブル③(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル③(平行法)

最後の写真は、つい先日、生駒ケーブル(近鉄生駒鋼索線)で生駒山に登り、その後に石切神社と石切参道を訪れたものである。生駒山は大阪府と奈良県の境を南北に位置し、中腹に開山された生駒聖天と呼ばれている宝山寺は商売の神様として信仰され、京都の皇室や江戸の徳川将軍家などからの信仰もあったと云われる。この宝山寺のお参りのために日本最初の営業ケーブルとして、1918年(大正7年)鳥居前駅~宝山寺駅間(路線距離0.9km)の宝山寺線生駒ケーブルは開業し、1929年(昭和4年)生駒山の頂上にある『生駒山上遊園地』の開業と同時に、宝山寺駅~生駒山上駅間(路線距離1.1km)の山上線が開業した。

(交差法)
生駒ケーブル④(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル④(平行法)

(交差法)
生駒ケーブル⑤(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル⑤(平行法)

(交差法)
生駒ケーブル⑥(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル⑥(平行法)

私自身、生駒山を訪れるのは初めてだったこともあり、現地のイメージが涌かず、できれば人で混雑していないことを願う程度だったが、鳥居前駅~宝山寺駅間の宝山寺線のケーブルカーは想像以上に乗客が多く、普通の声で会話したり、人目を気にせず撮影することに少し抵抗を感じるような雰囲気であった。しかし、宝山寺駅から山上線への乗り換えを境に我々夫婦以外はまったく人が居なくなり、約20分待ち合わせた後に電気工事の業者らしき人が二名乗っただけでケーブルカーは出発したのであった。

(交差法)
生駒山上①(交差法)
(平行法)
生駒山上①(平行法)

(交差法)
生駒山上②(交差法)
(平行法)
生駒山上②(平行法)

(交差法)
生駒山上③(交差法)
(平行法)
生駒山上③(平行法)

『生駒山上遊園地』は、平地に比べ気温が3~5℃低いことから夏の行楽地として人気があり、現存する大型遊具としては国内最古の「飛行塔」(高さ30m)から大阪平野や大和盆地・山城盆地が一望できるとのこと。ファミリー向けの近鉄あやめ池遊園地(2004年閉園)に対して、主に若者やカップル向けの遊園地として定着したが、1990年代以降、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)などの大規模テーマパークとの競合や遊園地離れで入園者は減少し、2003年度(平成15年度)以降は閑散期である12月から3月中旬の間は冬季休園になっている。

(交差法)
生駒山上④(交差法)
(平行法)
生駒山上④(平行法)

(交差法)
生駒山上⑤(交差法)
(平行法)
生駒山上⑤(平行法)

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生駒ケーブル⑧(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル⑧(平行法)

(交差法)
生駒ケーブル⑦(交差法)
(平行法)
生駒ケーブル⑦(平行法)

斯様な背景を知らぬまま、閑散とした生駒山上駅にケーブルカーは到着した。人が多くなければ良いのにと願う気持ちを対極的に裏切り、見事に人が見当たらない。いや、正しくは、生駒山上駅員と写真撮影目的でカメラを構えている人と休園中の遊園地内で改修工事中の人ぐらいしか見当たらない。人は殆ど居ないが、工事の音が響き渡り景観を楽しむような雰囲気は微塵も無い。更にこの日は、晴れ渡るような晴天でもなく、今話題のPM2.5(粒子状物質)の影響なのかスモッグのような霧で覆われ、山頂からの景色など殆ど見えないに等しい。暫くするうちに山頂での寒さにも耐え切れなくなり、ほんの僅かな時間の滞在でケーブルカーに乗り込み下山した。

(交差法)
石切参道①(交差法)
(平行法)
石切参道①(平行法)

(交差法)
石切大仏(交差法)
(平行法)
石切大仏(平行法)

このまま帰るにはあまりにも侘しいので、過度の期待を抱かないことを前提で石切神社に寄ってみることにした。石切駅筋を抜けて石切神社へ向かう参道沿いに“日本で三番目”と書かれた高さ6mの「名所 石切大仏」が鎮座していた。この大仏像は石切山大仏寺本尊で、赤まむし、マムシゲン、マムシグロンなどの精力剤・ドリンク剤で知られるサカンポー株式会社の四代目当主 阪本昌胤氏が1980年に建立したとのこと。奈良東大寺の大仏鎌倉高徳院の大仏を実際に見てきたが、当然大きさには雲泥の差があり、一体何が“日本で三番目”なのか、謎は深まるばかりであった。

(交差法)
石切神社①(交差法)
(平行法)
石切神社①(平行法)

(交差法)
石切神社②(交差法)
(平行法)
石切神社②(平行法)

(交差法)
石切神社③(交差法)
(平行法)
石切神社③(平行法)

(交差法)
石切神社「イシキリツルギヤ号」(交差法)
(平行法)
石切神社「イシキリツルギヤ号」(平行法)

東大阪市の東部にある石切劔箭(イシキリツルギヤ)神社は、本殿前と神社入り口にある百度石の間を行き来するお百度参りが全国的に有名で、実は私が若い頃に肝炎で入院した際に、当時妊娠中の嫁さんが、大きなお腹にも拘らずお百度参りに訪れた神社なのである。私は初めてこの神社を訪れたが、その当時に思いを巡らせば感慨深いものである。境内には亀の池の横に「イシキリツルギヤ号」と称する神馬像がある。元競走馬の場主が馬名に思いを託すほどの石切神社の熱心な崇敬者であったこともあり、引退後は当社の神馬を務めたとのこと。

(交差法)
石切参道③(交差法)
(平行法)
石切参道③(平行法)

(交差法)
石切参道④(交差法)
(平行法)
石切参道④(平行法)

(交差法)
石切参道⑤(交差法)
(平行法)
石切参道⑤(平行法)

(交差法)
石切参道⑥(交差法)
(平行法)
石切参道⑥(平行法)

(交差法)
石切参道②(交差法)
(平行法)
石切参道②(平行法)

石切神社は、休日になれば車の渋滞の列ができるほど遠方からの参拝客も多く、神社に続く石切参道商店街は、昔ながらの風情があり、懐かしい趣と数々のお土産品の店舗が軒を並べて賑わうとのこと。しかしこの日は既に夕刻であった為、残念ながら殆どの店が閉店している時間帯であった。商店街の中で一番多い占い業者は、手相、四柱推命、方角、命名、タロット、家相など様々なカテゴリーの業者が揃っており、至る所で布袋さんや狛犬などの石像や銅像など展示する店があり、独特の雰囲気がある。占い業者はこの時間帯でも営業しており、競って客引きをするでもないにも拘らず客の入りも結構あるようだ。しかし、占い業者の派手なネオンだけでは、大阪平野を見渡す夕景に勝る写真を撮影することを期待できそうもなかった。

(交差法)
石切夕景(交差法)
(平行法)
石切夕景(平行法)

この日の生駒山~石切神社への探訪は、残念ながらブログの単独記事としては、採用できそうもないなどと嫁さんと会話しながら帰路に着いたが、元々どちらから生駒山に行こうと言い出したかで不穏な雰囲気になってきたので、新石切駅近くの美味しそうなケーキ屋さん『シェ・アオタニ』で、ケーキを購入して気を取り直すことにした。こうして、ブログネタとして没になった探訪をオムニバス型式で纏めてみれば、些細な夫婦喧嘩、人の混雑、撮影の失敗、訪問時期の失敗など、決して心地良い想いはしていないが、これらに懲りることなく夫婦でいろんな場所を訪れることが何より有難く、失敗を含めた探訪そのものが想い出であることを悟った。

巨大なアクアテラリウム『海遊館』

Edit Category アクアテラリウム
休日の日、天気予報では夕刻から雨が降るかも知れないとのことで、どこかインドア施設に出掛けようということになり、現在大学生の息子が幼稚園時代に訪れて以来、十数年振りに嫁さんと二人で、大阪市港区海岸通にある水族館『海遊館』を訪れることにした。元々、水族館好きなので、今までも各地の観光地の水族館を訪れているが、複数回訪問した水族館は、奇しくもオープンエア式で開放的な『須磨海浜水族館』と対照的なインドア式の今回の『海遊館』のみである。因みに水族館は、東京在住時の2011年5月に訪れ、以前ブログ記事にした『エプソン品川アクアスタジアム』以来になる。

海遊館 外観
海遊館 外観

『海遊館』(Osaka Aquarium KAIYUKAN)は、「リング・オブ・ファイア(環太平洋火山帯)」と「リング・オブ・ライフ(環太平洋生命帯)」をコンセプトにしている。巨大水槽で環太平洋の海を再現し、それまでの水族館と一線を画し、水族館の概念を変えた施設と云われている。年間来場者数、延床面積、屋内水槽の規模が日本で三位以内に入ると同時に、屋内水槽の規模に関しては世界でも上位五指に入るレベルの世界最大級の水族館である。

天保山埠頭
天保山埠頭

『海遊館』のある天保山埠頭は、明治~大正時代に大陸との貿易で大阪に大いなる繁栄を齎し、その後、大阪港の拡大はコンテナ時代と共に南港に移り、1990年(平成2年)7月20日に大阪港のウォーターフロント開発計画の一環として、大阪港の天保山地区に開業した『天保山ハーバービレッジ』のメイン施設として『海遊館』は開館された。

(交差法)
海遊館 A①(交差法)
(平行法)
海遊館 A①(平行法)

大阪港埠頭の辺りを地名ではなく、通称として天保山と呼称されるのは、江戸時代、安治川の開削によって上流の流砂が堆積し諸国廻船の航行に支障が生じたため、幕府により、天保2年より「御救大浚」と呼ばれる大工事が行われ、この工事で捨土を盛り上げたものが出船、入船の目標となり、幕府は「目標(めじるし)山」と命名し、やがて天保山と呼ばれるようになったことに由来する。近年、地元市民の熱意により国土地理院に標高4.53mの「山」として認定され「日本一低い山」として話題になった。

(交差法)
海遊館 A②(交差法)
(平行法)
海遊館 A②(平行法)

『ワールドトレードセンタービル(WTC)』や、『大阪ドーム(現 京セラドーム大阪)』など、大阪市が投資した開発は、結果的に債務超過や経営破綻に陥るなどの失敗が相次ぐ中、大阪市などが出資する第三セクターの『株式会社 海遊館』は、隣接する『天保山マーケットプレース』や『ホテルシーガル』と共に保有・運営して黒字経営を維持しており、大阪市の開発の中の数少ない成功例として、対岸の『ユニバーサル・スタジオ・ジャパン』(※株式会社ユー・エス・ジェイは設立当初は大阪市が出資、現在は民間の経営体制)と共に大阪の代表的な観光スポットとなっている。

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『海遊館』は、日プラ株式会社が新開発したアクリルガラスを使用することで、これまでにない巨大水槽を実現した。ジンベエザメが遊泳する「太平洋水槽」を含む14の大水槽を造るため、年間世界生産量の1.5倍(当時)に相当するアクリルガラスが使用された。海遊館以降に造られた水族館の大型水槽は略全てがアクリルガラス製になっている。

(交差法)
海遊館 B①(交差法)
(平行法)
海遊館 B①(平行法)

(交差法)
海遊館 B②(交差法)
(平行法)
海遊館 B②(平行法)

『海遊館』の開業前に名称を一般募集した際、多くが水族館でありきたりな『マリン〜』のような名称案で、『海遊館』は1票だけで、票の多い『マリン〜』に決まりかけた時、名称選定委員会の一員であった関西お笑いタレントの上沼恵美子が、水族館の名称として月並みな『マリン〜』ではなくインパクトのある『海遊館』にした方が頭に漢字が三つが印象に残る」と反対し、最終的に『海遊館』に決定したと云うエピソードがある。

(交差法)
海遊館 C①(交差法)
(平行法)
海遊館 C①(平行法)

2008年2月26日に、開業以来の入館者数が5000万人に達した。6317日(約18年)での達成は国内の水族館では最速。カップルや家族連れも多く、一回の入場料(大人2300円)に対して、年間パスポート(大人5000円)がお得な料金設定にしていることもあり、入館者の約6割がリピーターとのことで、このあたりも黒字経営に結びついている所以と云える。この日も団体客を含め、想像以上に大勢の客で溢れていた。

海遊館

入館して、まず8階までエスカレーターで上がり、回廊型の通路を4階まで下りながら、大型の「太平洋」水槽をメインに回遊しながら鑑賞する順路になっている。それ故、水上と水中など、複数回鑑賞することが出来る水槽もある。十数年前に息子を連れて訪れたときは、ビデオカメラで撮影したのだが、再生した時に同じ水槽をいろんな高さから鑑賞できることが時間軸の中で痛感できる。

(交差法)
海遊館 C②(交差法)
(平行法)
海遊館 C②(平行法)

(交差法)
海遊館 C③(交差法)
(平行法)
海遊館 C③(平行法)

(交差法)
海遊館 C④(交差法)
(平行法)
海遊館 C④(平行法)

(交差法)
海遊館 C⑤(交差法)
(平行法)
海遊館 C⑤(平行法)

(交差法)
海遊館 C⑥(交差法)
(平行法)
海遊館 C⑥(平行法)

(交差法)
海遊館 C⑦(交差法)
(平行法)
海遊館 C⑦(平行法)

(交差法)
海遊館 C⑧(交差法)
(平行法)
海遊館 C⑧(平行法)

(交差法)
海遊館 C⑨(交差法)
(平行法)
海遊館 C⑨(平行法)

(交差法)
海遊館 C⑩(交差法)
(平行法)
海遊館 C⑩(平行法)

日本の森を再現したアクアテラリウムでは、カワウソやオオサンショウウオなど、エクアドル熱帯雨林を再現したアクアテラリウムには、カピバラ、ピラルク、リスザル、ピラニアなど、南極大陸を再現したアクアテラリウムには、オウサマペンギン、ジェンツーペンギンなど、各々観ることが出来る。

(交差法)
海遊館 E①(交差法)
(平行法)
海遊館 E①(平行法)

(交差法)
海遊館 E②(交差法)
(平行法)
海遊館 E②(平行法)

(交差法)
海遊館 E③(交差法)
(平行法)
海遊館 E③(平行法)

(交差法)
海遊館 E④(交差法)
(平行法)
海遊館 E④(平行法)

メインの「太平洋」水槽は、最大長34m、深さ9m、水量5,400m³、観客と大水槽を隔てるアクリルパネルは高さ5.9m、幅5.0m、厚さ30cmの巨大なもので、海遊館のメインスター 世界最大の魚 ジンベエザメを筆頭にナンヨウマンタ、イトマキエイ、シュモクザメ、ナポレオンフィッシュ、マサバ、クエなど、本当の海中を中継しているかのように優雅に泳ぐ魚の姿を鑑賞できる。

(交差法)
海遊館 E⑤(交差法)
(平行法)
海遊館 E⑤(平行法)

(交差法)
海遊館 E⑥(交差法)
(平行法)
海遊館 E⑥(平行法)

(交差法)
海遊館 E⑦(交差法)
(平行法)
海遊館 E⑦(平行法)

(交差法)
海遊館 D⑤(交差法)
(平行法)
海遊館 D⑤(平行法)

(交差法)
海遊館 D⑥(交差法)
(平行法)
海遊館 D⑥(平行法)

2月3日の節分の日までの18日間は、スタッフが「オニさんダイバー」として赤オニ、青オニ、黄オニに変装し、アクリルパネルや底砂の清掃を行い、作業の合間にお客様との記念撮影に応じるサービスが毎年の恒例になっている。

(交差法)
海遊館 F①(交差法)
(平行法)
海遊館 F①(平行法)

(交差法)
海遊館 F②(交差法)
(平行法)
海遊館 F②(平行法)

(交差法)
海遊館 F③(交差法)
(平行法)
海遊館 F③(平行法)

(交差法)
海遊館 F④(交差法)
(平行法)
海遊館 F④(平行法)

(交差法)
海遊館 F⑤(交差法)
(平行法)
海遊館 F⑤(平行法)

(交差法)
海遊館 F⑥(交差法)
(平行法)
海遊館 F⑥(平行法)

(交差法)
海遊館 F⑦(交差法)
(平行法)
海遊館 F⑦(平行法)

(交差法)
海遊館 F⑨(交差法)
(平行法)
海遊館 F⑨(平行法)

(交差法)
海遊館 D①(交差法)
(平行法)
海遊館 D①(平行法)

(交差法)
海遊館 D②(交差法)
(平行法)
海遊館 D②(平行法)

(交差法)
海遊館 D③(交差法)
(平行法)
海遊館 D③(平行法)

(交差法)
海遊館 D④(交差法)
(平行法)
海遊館 D④(平行法)

(交差法)
海遊館 F⑧(交差法)
(平行法)
海遊館 F⑧(平行法)

(交差法)
海遊館 F⑩(交差法)
(平行法)
海遊館 F⑩(平行法)

その他の水槽では、チリの岩礁地帯の再現 マイワシ、カタクチイワシ、瀬戸内海の再現、イシダイ、マダコ、マダイ、期間限定展示のアオリイカやアシタカガニ、ふわふわクラゲ館など、『海遊館』全体で約580種の海洋生物を鑑賞することが出来る。

(交差法)
海遊館 G②(交差法)
(平行法)
海遊館 G②(平行法)

(交差法)
海遊館 G③(交差法)
(平行法)
海遊館 G③(平行法)

(交差法)
海遊館 G④(交差法)
(平行法)
海遊館 G④(平行法)

(交差法)
海遊館 H①(交差法)
(平行法)
海遊館 H①(平行法)

(交差法)
海遊館 H②(交差法)
(平行法)
海遊館 H②(平行法)

魚のとおりぬけ・アクアゲート(トンネル型水槽)を抜けると可愛らしいイワトビペンギンや、企画展示室には北極圏に生息する1本の長い牙を持つクジラ目ハクジラ亜目イッカク科に属する小型のクジラであるイッカクの等身大の模型が展示されていた。

(交差法)
海遊館 G①(交差法)
(平行法)
海遊館 G①(平行法)

(交差法)
海遊館 G⑤(交差法)
(平行法)
海遊館 G⑤(平行法)

(交差法)
海遊館 G⑥(交差法)
(平行法)
海遊館 G⑥(平行法)

2013年11月22日~2014年3月2日の期間は、今年で9回目となる「ちきゅうたいかんイルミネーション!」が開催されている。今回は、今春オープンした「新・体感エリア」に因み、「“ちきゅうをたいかんする”イルミネーション」がテーマ。海遊館史上最大の約100万球の光を使用し、地球最大の生物シロナガスクジラをメインシンボルにペンギンや魚たちなど、数々の美しい光が南極の世界を演出する。

ちきゅうたいかんイルミネーション!
ちきゅうたいかんイルミネーション!

(交差法)
海遊館 H⑤(交差法)
(平行法)
海遊館 H⑤(平行法)

(交差法)
海遊館 H③(交差法)
(平行法)
海遊館 H③(平行法)

(交差法)
海遊館 H④(交差法)
(平行法)
海遊館 H④(平行法)

(交差法)
海遊館 H⑥(交差法)
(平行法)
海遊館 H⑥(平行法)

海洋生物の色彩や様々な形や大きさ、群れて泳ぐ魚や水槽の中の遠近感など、水族館は3D写真に適した被写体である。長らく記事にしていないが、我家のアクアテラリウムの成長過程を立体写真で表現したいという発想からスタートとしたこのブログの発想原点は、昔から水族館が好きで飽きることが無い対象であったことと深く繋がっていることを感じる。

海遊館wallpaper

久しぶりに『海遊館』を訪れ、幼かった息子が大きな水槽を観ながら無邪気にはしゃいでいた姿が何度も蘇ってきた。今年、成人を迎えた息子と離れ離れに生活するようになり、当時の息子と同じ年頃の子供の無邪気な笑顔を目の当たりにして余計に当時のことを懐かしく想い出された。水族館は昔から好きなのだが、こうして嫁さんと『海遊館』を再度訪れることが出来る充実感と同時に息子と離れて暮らす淋しさもあり、少し感傷的な想いが巡った。
 
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MOTO

Author:MOTO
広島県出身、東京⇔大阪間の転勤を繰り返し、現在大阪在住。広島カープ・球場模型・艦船模型が好きなオッサンだが、アクアテラリウムの名人に出会ってから魅力にはまった。以前から興味のあった3Dカメラを購入し、立体的に(あくまで私的に)アクアテラリウムへのチャレンジを記録に残していくのであった。


 
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